安気な様子で、「いつの間に出掛けましたか……なんでも今朝の七時に主人の寝室に参りました時、始めてそれと気づいたほどでございますので……それに、主人が夜中に帆走《セイリング》をいたすことなぞ、それほど珍らしくもございませんので……」
 この時東屋氏が、怺《こら》えかねたように傍らから口を入れた。
「失礼ですが、御主人は、なぜ夜中になぞ帆走《セイリング》をなさるのですか?」
 すると夫人は困ったように、
「……あれが、あの人の、道楽なのでございます」
 そう云って淋しそうに、笑うとも泣くとも判らぬ表情《かお》をした。
「いつも御主人は、お独りで帆走《セイリング》されるんですか?」
 私が訊ねた。
「はい……でも、時々家人を誘いますので、そのような時には、下男に供をさせることにいたしておりました。でも――」
「昨晩は?」
「昨晩は一人でございましたが――」
 恰度この時、二人の紳士が室内へはいって来た。私達は満たされぬ思いでひとまず口を噤《つぐ》んだ。深谷夫人は立上って、二人の紳士を私達へ紹介した。
「こちらが、主人の友人で黒塚《くろづか》様と被仰《おっしゃ》います。こちらが、私の実弟で洋吉《ようきち》と申します。どうぞ宜《よろ》しく」
 キャプテン深谷氏の友人黒塚と云うのは、見たところまだ四十を五つと越していない、かっぷく[#「かっぷく」に傍点]のいい隆としたアメリカ型の紳士で、夫人の実弟洋吉と云う方は、黒塚氏に較べて体も小さく年も若く色の白い快活そうな青年だ。二人共同じような純白の三つ揃いを着て、どことなく洒脱な風貌の持主だった。
 形ばかりの簡単な挨拶を済ますと、私は早速夫人へ、前の続きを切り出した。
「失礼ですが、只今こちらの御家族は?」
「家族、と申してはなんですが、只いまのところ、この方達も加えまして、女中のおきみと下男の早川と、妾《わたし》達夫婦の六人でございます」
 私は二人の紳士へ訊ねた。
「失礼ですが、御二人とも永らく御滞在ですか?」
「ええ、いや」と洋吉氏が引きとって答えた。「僕はずっと前からいますが、黒塚さんは、昨夜着かれたばかりです」
「昨夜、ああ左様ですか」と今度は夫人へ、「ではもう一度お訊ねしますが、昨晩御主人は、お独りで帆走《セイリング》に出られたんですな?」
「ええそれはもう」
 夫人はそう云って、もどかしそうに私を見た。そこで私は思い切
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