、犯人の体重と云うことになるんだ」
「成る程、合理的だ」と私は乗り出して、「じゃあもう、この荷物を秤に懸けさえすれば、それでチョンだね?」
「いや君、ところがこの事件は、それでチョンになるような単純なものではないよ。犯人は間もなく判るさ。だがそれは、この事件の大詰めではない。例えば、まずあの『明日の午後だ。明日の午後までだ、きっとここまでやって来る』と云う怯えるような深谷氏の独言を思い出し給え。いったい深谷氏はなにをそんなに待ち恐れていたのだろう?……ここで深谷氏の、奇妙な日常生活も一応考えねばならん。そして又、桁網でこんな貝をこんなに沢山拾い集めてなにをしようと云うのだろう?……ね、いくら深谷氏だって、まさか『これも儂《わし》の趣味じゃ』なんて云えまいて……」
 東屋氏はそう云って、苦々しく紙巻《シガーレット》の吸いさしを海の中へ投げ込んだ。
 真艫《まとも》に強い疾風を受けた白鮫号は、矢のように速く鳥喰崎を迂廻する。陰気な雲は空一面にどんよりと押し詰って、もう太陽の影も見えない。

 それから程なくして深谷邸に帰り着いた私達は、重い荷物を提げて崖道を登って行った。
 私達の留守の間に先発の警官達が着いたと見えて、崖道を登り詰めると、顔馴染の司法主任が主館《おもや》の方から笑いながらやって来た。
「やあ、先生。殺人事件だと云うのに、ヨット遊びとは驚きましたなあ」
 そこで私は、東屋氏による事件探査の異常な発展振りを、簡単にかいつまんで説明した。すると司法主任は、
「先手を打たれたわけですな。いや、結構です。じゃあひとつ、その秤の実験に立会わして下さい」
 そこで私達は、早速|別館《はなれ》の物置へやって来た。
 もういまここで、犯人が判るのかと思うと、私は内心少からず固くなった。が、東屋氏は頗《すこぶ》る冷淡で、さっさと私に手伝わすと、二つの荷物を秤台の上へ乗っけてしまった。
 計量針が、ピ、ピ、ピッと大きく揺れはじめる。そして見る見るその振幅が小さくなって、神経質に震えながら――チッと止まる。
 七一・四八〇|瓩《キロ》!
 瞬間、東屋氏は眼をつぶって暗算を始める。と、急に、どうしたことか、手に持っていたノートを、ばったり床の上に落してしまった。
 彼の眼には、顔には、見る見る驚きの色が漲《みなぎ》り始める。そしてその驚きの色は、直ぐに深刻な、痛々しい、困惑の影
前へ 次へ
全33ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング