々に、葦《あし》に似た禾本《かほん》科の植物類が丈深く密生して、多少|凸凹《でこぼこ》のある岸の平地から後方鳥喰崎の丘にかけて、棘《いばら》のような細かい雑草や、ひねくれた灌木だの赤味を帯びた羊歯類の植物だのが、遠慮なく繁茂している。そしてその上方には、原始的な喬木の類が重苦しいまでに覆い重なっている。船がこの陰気な小さい入江にはいると、不思議に風がなくなってしまった。少しの横揺れもしない白鮫号は、惰性の力で滑るように動いている。恰度この時、いままで海面にギラギラ反射しながら照りつけていた太陽の光りが、深い雲の影に遮られると、急に辺りが暗く、だが気味悪いほどハッキリして来た。私は思わず水面を見た。
 この小さな海の袋小路の上には、どろどろした、濃い、茶褐色の薄穢い泡の群が、夥しく漂っている。そしてそれが、入江の奥へ行くに従ってどんどん密度を増し、とうとう一面の泡の海と化して来た。
「この辺へ着けよう」
 東屋氏の言葉に従って重心板《センター・ボード》が海の底へ触れないように、なるべく深味のところを選んで私は船を着けた。
 恰度私達が、しっとりした岸の上へ降り立った時に、
「シイッ!――」
 と東屋氏が、不意に私を制した。
 辺りが恐ろしいほど静かになった。と、その静寂《しじま》を破って、遠く、低い、木の枝を踏みつけるような、或は枝の葉擦れのような、慌だしい跫《あし》音が私の耳を掠《かす》め去った。誰かが大急ぎで、密林の中を山の方へ駈け込んで行くのだ。
「誰れだろう?」
 私は東屋氏を振り返った。が、彼はもう跫音などには頓着なく、五|米突《メートル》ほど隔てた岸に立って、黒い粘土の上を指差しながら私へ声を掛けた。
「一寸見に来たまえ」
 そこで私は東屋氏の側へ歩み寄って、指差された地上へ眼を落した。水際の粘土質から草地の方へ掛けて、引っこすったような無数の妙な跡がある。確かに足跡を擦り消した跡だ。
「昨晩、キャプテン深谷氏を殺した男達の足跡だよ。それを、いま密林へ逃げ込んで行った男が消したわけさ」
「追っ駈けて捕えよう」
 私は思わずいきまいた。
「もう駄目だよ。こんな勝手の知れない山の中では、僕等の負けにきまってる」
「ふん……じゃあ怪しい奴は、まだうろうろしてたんだな」
 私は口惜しそうに云った。
「そんなことはきまってるさ」
 と東屋氏は、それから意外なことを云
前へ 次へ
全33ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング