ようなものは、なかったではないか」
「ありましたとも。係長。しっかりして下さいよ。我々はあの発火坑で重大な発見をしたではありませんか。密閉された筈の峯吉がいないという大発見を、いやそんなことではない。もっと大きな発見、あの天盤の亀裂と塩水です!」
 この言葉を聞くと、辺りに立っていた坑夫達の間には、異様な騒ぎが起りはじめた。海水の浸入! この事実に較ぶればいままでの殺人事件なぞ、坑夫達にとってはなんでもない。技師は、燃上る瞳に火のように気魄をこめて、人々を押えつけながら係長へ云った。
「片盤を開けて下さい。そしてもう、炭車《トロ》を皆出してやって下さい」
 やがて幾人かの小頭の、あわておののく手によって、重い鉄扉が左右に引き開かれると、片盤坑の中からワアーンと坑夫達のざわめきが聞えて来た。汗にまみれた運搬夫《あとむき》の女達が、小麦色の裸身をギラギラ光らして炭車《トロ》を押出して来ると、技師は進み出て呶鳴りつけた。
「皆んなここで石炭をブチ撒けて引きあげろ。炭《タン》をあけて行くんだ」
 女達は瞬間技師の奇妙な命令に顔を見合せて立止ったが、すぐその側から係長が黙って頷いているのを見ると、わけもなく技師の命令に従って行った。
 滝口坑の炭車《トロ》は、凡て枠のホゾをはずすと箱のガタンと反転する式のダンプ・カーであった。運搬夫《あとむき》たちは技師の命に従って、次々に出て来ると、その場で箱を反転さして積み込んだ石炭をザラザラとあけていった。みるみるそこには石炭の山が出来あがった。が、十二、三台目の炭車《トロ》が箱を反転さした時に、ここでとてつもないことが持上った。
 大きな箱の中からザラザラと流れ出た石炭の中から、炭塵に黒々とまみれた素ッ裸の男が、転ろげ出て、跳ね起きて、面喰らってキョトキョトとあたりを見廻わした。係長が叫んだ。
「やや、浅川監督!」
 全くそれは、炭塊に潰されて死んだ筈の浅川監督であった。咄嗟に身構えて飛びかかろうとする奴へ、すぐに技師は、係長からひったくったドスで思い切りひたっと峯打ちを喰らわした。
 監督がぶっ倒れると菊池技師は、魂消《たまげ》た係長とお品を連れて、立ち騒ぐ坑夫たちを尻目にかけ、炭車《トロ》に乗って開放された片盤坑へはいって行った。間もなく発火坑の前まで着くと、技師は、そこに置かれたままの「浅川監督の屍体」を顎でしゃくりながらお品へ
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