が頷くと、今度は係長が引取って云った。
「そいつの両親《ふたおや》と、生き残った女を、事務所へ引張って来て置いてくれ。ああ、まだ女の兄と云うのがあったな? そいつも連れて来て置け」
「とにかく、峯吉の身内を全部調べるんだ」
監督が云った。
巡査と事務員が、おっとり刀で闇の中へ消えてしまうと、係長は閉された発火坑の鉄扉の前まで行って、寄添うようにして立止った。
密閉法が功を奏して、もう坑内の鎮火はよほど進んだと見え、鉄扉の前には殆んど火照《ほてり》がなくなっていた。けれどもいま急いで開放でもしようものなら、恐らく新らしい酸素の供給を受けて、消えくすぶった火熱も再び力づくに違いない。係長は舌打ちしながら監督へ云った。
「立山坑の菊池《きくち》技師を、呼び出してくれませんか。それから貴方《あなた》も、一通り見巡りがすんだら、事務所の方へ来て下さるね」
立山坑というのは、山一つ隔てて室生岬の中端にある同じ会社の姉妹坑だった。そこには専属の技師のほかに、滝口立山の両坑を随時一手に引受ける、謂わば技師長格の菊池技師が、数日前から行っている筈であった。折からやって来た炭車《トロ》の一つに飛びついて監督は闇の中へ消えて行った。
人びとが散り去ると、再び静寂がやって来た。闇の向うの水平坑道の方から、峯吉の母の笑い声が聞えたかと思うと、なにかがやがやと騒がしく引立てられて行くらしい気配が、炭車《トロ》の軋りの絶え間から聞えて来た。左片盤の小頭が、アンペラを持って来て、係長の指図を受けながら、技師の屍体の上へかぶせて行った。工手は切取られた排気管の前に立って、殺された技師の残した仕事をあれこれと弄《いじ》り廻していたが、急に身を起すと、
「係長。どうやら悪い瓦斯《ガス》が出たようです」
「君に判るのか?」係長が微笑を見せた。
「六ヶ敷いことは判りませんが、出て来る匂いで判りますよ。もう火は殆んど消えたらしいですが、くすぶったお蔭で悪い瓦斯《ガス》が出たらしいです」
係長は鉄管の側に寄ったが、直ぐに顔をしかめて、
「うむ、こりゃアもう、片盤鉄管へ連結して、この瓦斯《ガス》をどしどし流してしまわねばいかん。そうだ。匂いで判るな。じゃア君は、時どき調べてみて、瓦斯《ガス》の排出工合を見守ってくれ。わしはこれから坑夫を調べに行くが、その内には菊池技師も来てくれるだろう」
工手は鉄管
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