の言葉には驚いたらしく、ひどく心配そうに蒼白い顔をして、亀の子の様に大きなオーバーの中へ首や手足をすくめる様にしていたが、間もなく本屋《ほんおく》の方へ歩いて行った。喬介は、一向平気に極めて冷淡な語調で、再び助役へ向った。
「時に、当駅に、73号と同じ形式の機関車はありませんか?」
 すると助役は、一寸不機嫌そうに、
「ええ、そりゃあ、仕別《しわけ》線路の方には二輛程来ていますがね。……一体何ですか?」
「実地検証です。是非、一輛貸して頂きたいです。この一番線へ当時の73号と同じ方向に寄越して下さい」
 で、助役はケテン[#「ケテン」に傍点]顔をしながら出掛けて行った。
 間もなく、2400形式のタンク機関車が、汽※[#「竹かんむり/甬」、第4水準2−83−48]《シリンダー》から激しい蒸気を洩し、喞子桿《ピストン・ロッド》や曲柄《クランク》をガチンガチン鳴らしながら、下り一番線上を西に向って私達の前までやって来た。そこで喬介の指図に従って、路面上の血の滴列の起点の上へ、恰度|操縦室《キャッブ》の降口の床の端が来る位置に機関車が止ると、喬介は、給水タンクの線路側の梯子を真中頃まで登って行って、其処にタンクの横ッ腹から突出している径一|糎《センチ》長さ〇・六|米《メートル》程の鉄棒を指差しながら、下を振向いて助役へ言った。
「これは何ですか?」
「あ、それは、いま貴下の前に、タンクの開弁装置へ続く長い鎖が下っているでしょう。その鎖の支棒として以前用いられたものです」
「成程。ところで、序《ついで》にひとつ、その撥形鶴嘴《ビーター》を取ってくれませんか」
 で、助役は、顫えながら、その通りにした。
 喬介は撥形鶴嘴《ビーター》を受取ると、その柄先の穴を、例の鉄棒の尖《さき》に充行《あてが》ってグッと押えた。するとスッポリ填《ふさが》って、撥形鶴嘴《ビーター》は鉄棒へぶら下った。と喬介は、今度は少しずつ梯子を登りながら、撥形鶴嘴《ビーター》の柄を持って先の穴を中心に廻転させ、やがてそれが刃を上にして殆ど垂直に近く立つ処までやると、恰度其処に出ているもう一本別の錆《さび》た鉄の支棒の尖《さき》に、その柄元を一寸引掛けた。そして最後に、開弁装置へ続く鎖の恰度第二の鉄棒に当る位置に縛りつけてある太い、短い、妙に曲った針金を、同じ鉄棒の中頃へ引っ掛けた。
 それらの装置が終ると、
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