云う男です」
「いや、どうも。ところで、機関手の名前は?」
「機関手――ですか? ええ。井上順三《いのうえじゅんぞう》と言いますが」
「ふむ。そいつも殺されておりますぞ!」
 助役の言葉で、機関庫主任も駅長も明かに蒼くなった。そして一名の機関庫員は、飛ぶ様にして第二の屍体の検証に向った。
 すると司法主任が、待構えた様に機関庫主任を捕えて、
「73号のタンク機関車が、H機関庫を出発したのは何時ですか?」
「午前二時四十分です」
「ははあ。で、当駅を通過したのが三時半と――。じゃあ、無論途中停車はしなかったですね?」
「ええ、そうですとも。当駅で炭水補給の停車以外には、N操車場《ハンプ・ヤード》まで六十|哩《マイル》の直行運転です」
「ふむ。ところで、乗務員は何名でしたか?」
「二名です」
「二名――? 三名じゃあなかったですか?」
「そ、そんな筈はありません。第一、原則的に、機関手と助手の二名だけ――」
「いや。その原則外の、非合法の一人があったのだ!」と、それから、急《せ》き込んで、駅長へ、「N駅へその男の逮捕方を打電して下さい。もう機関車は、N操車場《ハンプ・ヤード》へ着くに違いない――」
 すると、今まで黙っていた喬介が、突然吹出した。
「……冗談じゃあない。内木さんにも似合わん傑作ですよ。ね。――もしも私が、その場合の犯人であったとしたなら、N駅へ着かない以前に、機関車を投げ出して、疾《とっく》の昔に逃げてしまいますよ。いや、全く、貴下の意見は間違いだらけだ。例えば、最初機関車がH駅を出発した当時から、犯人が被害者の二人と一緒に乗っていたものとすれば、第一の屍体の兇器、即ち昨日まで道床|搗固《つきかため》に使われ、当駅の工事用具所へ仕舞われたあの撥形鶴嘴《ビーター》を犯行後機関車の中からランプ室と貯炭パイルの間の狭い地面へ投げ捨てる事は出来るとしても、一体、何処からそいつを手に入れる事が出来ると言うんです。そして、又よしんばそれが出来得たとしても、犯人は何の必要があって、わざわざ当駅で停車中などに二人もの人間を殺害しなければならなかったのです。犯人が機関車に乗っていたのならば、何もこんな処で殺さなくたって、あの吹雪の闇を疾走中に、もっと適切な殺し場がいくらもあった筈ではないですか。――いや、この事件は、いま貴下が考えていられるより、もう少しは面白いものらしい
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