まうことがよくありますね。びっくりして手探りで探してみると、チャーンとその何にも見えないとこで手答えがあったりして……ええ、あれと同じですよ。ところが、今度はその赤いガラスの代りに、青いガラスを通して赤インキの文字を見ると、前とは逆に、黒く、ハッキリと見えましょう?……」
「ふム成る程」警部が云った。「君の云うことは、判るような、気がする、がしかし……」
「なんでもないですよ」と西村|支配人《バー・テン》は笑いながら続けた。「じゃ、今度は、その赤インキの文字を、紅色の、臙脂《えんじ》色の、派手な井桁模様の着物と置き換えてみましょう。すると、普通の光線の下では、それは臙脂の井桁模様に見えましょう? ところが、いまの赤インキの文字の例と同じように、一旦青い光線を受けると、その臙脂の井桁模様は暗黒い井桁模様になってしまいます。黒い井桁模様になっただけならいいんですが、その井桁模様の染め出された地の色が黒では、黒と黒のかち[#「かち」に傍点]合いで模様もへちま[#「へちま」に傍点]もなくなってしまい、黒い無地の着物とより他に見えようがありません」
「しかし君。電燈は消えたんだぜ」
「ええそうですよ。あの部屋の中の普通の電燈が消えたからこそ、一層私の意見が正しく現れたんです」
「じゃア、青い電燈が、その時いつの間についたんかね?」
「え? そいつア始めっからついてたですよ。その時にパッとついたんでしたなら、誰にだって気がつきますよ。つまり、その時に青い電燈が始めてついたんではなくて、向うの部屋の普通の電燈が消えた時に、始めていままでついていた青い電燈が、ハッキリ働きかけたんです。だから、この窓にいた人たちは、少しも気づかなかったんですよ」
「いったいその、青い電燈はどこについてたんです」
「いやもう、皆さんご承知の筈じゃアありませんか!」
 警部はこの時、ハッとなると、支配人《バー・テン》の言葉を皆まで聞かずに窓際へかけよった。そして窓枠へ手を掛け足を乗せると、外へ落ちてしまいそうに身を乗り出して、上の方を振仰いだが、直ぐに、「ウム、成るほど!」と叫んだ。
「青蘭」のその窓の上には、大きく「カフェ・青蘭」と書かれた青いネオン・サインが、鮮かに輝いているのだった。
「しかし、それにしても、よくまアこんな事に気がついたね?」
 あとでビールを奢《おご》りながら、警部は支配人《バー
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