ろだけを見たもんですから、自殺の現場を、他殺の現場と感違いしてしまったんですよ。……私の考えでは、恐らく房枝さんを殺したのも、澄子だと思うんです。つまり、昨晩あの時の房枝の折檻が、痴話喧嘩になり、揚句の果てに房枝を絞め殺してしまった澄子は、正気に返るにつれて、自分のしでかした逃れることの出来ない恐ろしい罪を知ると、ひとまず房枝の死体を押入に隠して……これは多分、十一時になって君子が二階へ上って来る危険を覚えたからでしょうか……それから悶々として苦しんだ揚句、とうとう自殺してしまったんでしょう。つまり、最初あの房枝の死体のみつかった時に、貴方がたのお考えになった事の逆になるわけですよ。だから、あの断末魔の澄子が、房枝の名を呼んだと云うのも、自分を殺した人の名を呼んだのではなくて、自分が殺してしまった人の名を、悔悟にかられて叫んだ、とまア、そう私は考えるんですよ」
「冗談じゃアないぜ」警部がとうとう吹き出してしまった。「すると君は、あの時、ホラそこにいる女給さん達が見た、あの無地の着物を着て、剃刀を持って、ガラス窓によろけかかった女を、房枝ではなく澄子だと云うんだね?……飛んでもない、それこそ感違いだよ。いいかい。まず第一、着物のことを考えて見たまえ。房枝はあの通り地味な着物を着ていたし、澄子は、あの通り派手な着物を着ていたし……」
「お待ち下さい」支配人《バー・テン》が遮切った。「つまり、そこんとこですよ。幽霊が出たと云うのはね……もう仕度が出来たと思いますから、これからひとつ、その幽霊の正体をみて頂こうと思いますが……」とむっくり起き上りながら、「……まだお判りになりませんか? 銀座の真ン中に出た幽霊の正体が……これはしかし、あの事件の起きた時の様子や、家の構えなどを、よく考えて見れば、誰にでも判ると思うんですが……」
 支配人《バー・テン》はそう云って、意地悪そうに笑うと、呆気《あっけ》にとられている警部達を残して、階下《した》へ降りて行った。が、直ぐに自転車用の大きなナショナル・ランプを持って引返して来ると、窓際に立って警部へ云った。
「じゃア幽霊をお眼に掛けますから、どうぞここへお立ち願います」
 警部は脹《ふく》れ面《つら》をして、支配人《バー・テン》の云う通り窓際へ立った。いままで、遠慮して遠巻にしていた女給や客達も、この時ぞろぞろと窓の方へ雪崩《なだ》れ
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