つけると、すぐに明放《あけはな》された窓へ飛びつき、真暗な部屋の中へはいって行った。続いて窓枠に飛びついた私は、この時闇の中から顫え上るような、田部井氏の呻き声を聞いた。
「ああ……やっぱり遅かった……」
闇に眼が馴れるにつれて、やがて私も、天井に下げたカーテンのコードで、首を吊っている浅見三四郎の、変り果てた姿を見たのだった。その足元には、バンドで首を絞められた子供が、眠るように横わっていた。チョコレートの玉が、二つ三つ転っている。その側に、キチンと畳まれた紙片が置いてあったが、田部井氏はそれを拾い上げると、チラリと表紙《おもて》を見て、黙って私にそれを差出した。それは三四郎の、私にあてた、たった一つの遺書であった。雪明りを頼りに急ぎ認《したた》めたものとみえて、荒々しい鉛筆の走書きであったが、窓際によって、私は顫えながらも、辛《かろう》じて読みとることが出来た。
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鳩野君。
とうとう僕は、地獄へ堕ちた。しかし君にだけは、事の真相を知って貰いたい。
農学校は、雪崩《なだれ》のために予定よりも一日早く休みになった。七時半の汽車で町についた僕は今夜がクリスマス・イーヴなのに気づいて、春夫の土産《みやげ》を買って家路を急いだ。
君は、僕がどんなに平凡な男で、妻を、子供を、家庭を愛していたか、よく知っていてくれたと思う。僕は、妻や子供が、予定よりも一日早く帰ってくれた僕を、どんなに喜んでくれるか、そう思うと、いっそうその喜びを大きくしてやりたさに、ふと、サンタ・クロースを思いついた。僕は、幸福にはち切れそうな思いで、わざわざ家の裏へ廻って、跫音《あしおと》を忍ばせ、居間の窓粋へ辿りつくと、そうッとスキーを脱いで杖に突き、窓枠へ乗って、驚喜する家人の顔を心の中に描きながら、硝子《ガラス》扉を開けた。
ああ僕は、しかしそこで、絶対に見てはならないものを見てしまったのだ! 部屋へ入って僕は、長椅子の上に抱き合いながら慄えている及川と妻の前へ、僕のそれまでの幸福の塊《かたまり》みたいな、土産の玩具箱を投げつけてやった。
しかし鳩野君。どうしてそんなことで、沸《たぎ》り立つ憎しみがおさまろう。それから僕が、涙を流しながら、灰掻棒でなにをしたか、もう君は知っている筈だ。僕は、隣室で眼を醒した春夫に、僕のした事を知らすまいとして春夫を騙して表へ連れて
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