、悪魔の嘲笑《あざけり》のように澄んだ空気を顫わせつづける。
 しかし、ここで私は、いつまでもボンヤリ立竦んでいるわけにはいかない。攫《さら》われた子供の安否は急を告げている。家には二人の死人がある。もうこの上は、猶予なく警察へ報せなければならない。
 やがて私はそう決心すると、そのまま一直線に市内へ向って走り出した。一番近い交番へ飛び込んで、事件を知らせ、そこの若い警官と一緒に再び元来た道を引返しながらも、しかし私は、雪の原ッぱの消失ばかり気にしなければならなかった。
 やがて私達が、ひとまず三四郎の家まで辿りついた時には、もう出来事を嗅ぎつけたらしい近くの家の人達が二、三人、スキーをつけて、警察へ報せに出ようとしているところだった。三四郎の家の前には、その人達に混って度を失った美木が、泣き出しそうな顔で立っていた。家の中には、美木に呼びにやらした田部井氏が、恐らく私と同じ事を考えたのであろう、ガタピシ扉《ドア》を鳴らして部屋から部屋へ子供の行衛《ゆくえ》を探していた。
 警官は家の中へはいって現場をみると、直ぐに私と田部井氏へ、本署から係官が出張されるまで、現場の部屋を犯さないよう申出た。そして三四郎の書斎に充《あ》てられた別室へ陣取ると、戸外《おもて》の美木も呼び込んで、ひと通り事情を聴取しはじめた。
 美木も私も、すっかりとりのぼせてしまって、前に述べたような発見の径路や、この家の家族についての説明を、横から口を出したり後戻りしたりしながら、喋っていった。しかし田部井氏はかなり落ついていて、口数も少なかった。
 やがて、数人の部下を連れた肥《ふと》った上役らしい警官が到着すると、現場の調べが始まった。パッ、パッ、と二つも三つもフラッシュが焚かれて、現場の写真が撮られて行った。現場が済むと警官達は、家の外を廻って窓の下へ集まって行った。肥った上官は、さっきの若い警官から報告を受けたり、死体の有様を眺めたりしていたが、窓の外の警官達が、生垣の隙間を越して向うの空地へ、ざわめきながらスキーの跡をつけはじめると、じっとしていられないように、あとを若い警官にまかせて窓の外へ出て行った。
 私は三四郎に当てて電報を書くと、それを美木に持たせて郵便局へ走らせた。そして始めて落ついた気持で、田部井氏と差向いになった。
 田部井氏は、さっき私が警官に色々と説明していた頃から、
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