中へ吸い込み始める。すると渠門《きょもん》の近くの海中へ重《おもし》を着けられて沈められ、綱の長さでコンブ[#「コンブ」に傍点]見たいにふわりふわりしていた屍体はどうなる? 何《な》んの事はない面喰《めんくら》った魚と同じ事だよ。直径二尺五寸の鉄の穴に、傷だらけになりながら恐しい力で吸い込まれ、コンクリートの渠底《きょてい》へ叩き付けられるんだ。丁度《ちょうど》その日天祥丸のセーラーが、誤ってぶちまけたと言う機械油の上を、惰性[#「惰性」は底本では「隋性」と誤記]の力で押し流される。軈《やが》て船渠《ドック》が満水になると、渠門《きょもん》は開かれて天祥丸は小蒸汽《こじょうき》で曳《ひ》き出される。浮力の加減で船底《せんてい》にハリツイていた喜三郎の屍体は、その儘《まま》連れ出されて外海《そとうみ》へ漂流する訳だ。勿論《もちろん》、源之助の屍体がそんな眼に逢《あ》わなかったのは、屍体の位置と注水孔との距離の遠近とか、重《おもし》に縛られた綱の長短とかが影響していたに違いないんだ――。』
喬介は語り終って莨《たばこ》の吸殻を海の中へ投げ込んだ。
『じゃあ一体、二人が矢島を強請《ゆす》ったとか、話を丸く収めなかったのが、つまりこの事件の動機だね。ありゃあ一体どうして判ったのかね?』
私は最後の質問を発した。
『ハッハッハッハッ――あ奴《いつ》ぁ僕にも、矢島が自白するまでは少しも判らなかったよ。只《ただ》、前後の事情を考えて見て、何故《なぜ》話を丸くしなかったのか――なんてカマ[#「カマ」に傍点]を掛けて見た丈《だ》けなんだ。』
底本:「新青年 復刻版 昭和7年12月(13巻14号)」本の友社
1990年10月発行
※この作品は、「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。なお、底本のルビは適宜取り除き、現代の送り仮名と異なる漢字と難読語にふりがなを残しました。また、文中の接続詞の「迄」は読み易さを考えて「まで」に変えています。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:大野晋
校正:小林繁雄
2001年12月21日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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