だろう?』
『うむ。』
 私は大きく頷《うなず》いた。
『で、天祥丸の乗組員でこのマッチを持った男と、行方不明になった二人の男とが、あの晩旋盤工場の裏の鉄屑の捨場で行《ゆ》き逢《あ》った、と言う風《ふう》に僕は推理を進めた。ところで、いいかい君。山田源之助は、中気で、而《しか》も右腕に怪我をしていた筈《はず》だ。その源之助が、あれ丈《だ》け鮮《あざやか》に喜三郎の心臓を突き刺す事が出来ると思うかい? 一寸《ちょっと》六ヶ|敷《し》い話だ。そこで僕は、先程|此処《ここ》を出ると早速《さっそく》山田源之助の遺族を訪ねて、源之助が右利きであった事を確《たしか》めて見た。ところが其処《そこ》で一層都合の良い事には、喜三郎と源之助の二人は、三年|前《ぜん》まで、どうだい君、天祥丸の水夫をしていたんだぜ。そこで僕は充分の自信を持って芝浦まで出掛け、予定の行動を取ったんさ。外でもない。まだ出帆前の天祥丸の船長に逢って、頭文字《イニシャル》の配列がG・Yとなる男が乗組員の中に何人あるか調べて貰った。すると事務長の八木稔と言うのと、この水夫長の矢島五郎君の二人だ。ところが、事務長の八木稔の方はもう五十近い親爺《おやじ》だ。それに引き換えて水夫長の矢島五郎君は、船長も驚いている程の凄腕なんだが、年はまだ二十九歳の所謂《いわゆる》例の「若僧」と言われた部類に属しとる。で、僕は早速《さっそく》矢島君にこっそりと面会して、あのジャックナイフを買い取って呉《く》れんかとワタリ[#「ワタリ」に傍点、底本では「タリ」に傍点]を付けて見たんさ。すると、ナイフを見た矢島君は、途端にダアとなって震えながら百圓札を一枚気張って呉《く》れたよ。で、僕は札を受取る代《かわ》りに、矢島君に捕縄《ほじょう》を掛けさして貰ったんさ。先生、多少は駄々を捏《こ》ねたがね。なに、大した事はなかったよ。』
 喬介はそう言って、笑いながら右腕の袖口《カフス》をまくし挙《あ》げて見せた。手首の奥に白い繃帯《ほうたい》、赤い血を薄く滲《にじ》ませて巻かれてあった。
『じゃあ一体、山田源之助はどうなったと言うんだい?』
 ごっくりと唾《つば》を飲み込みながら私が訊《たず》ねた。[#底本ではこの行1字下げしていない]
『さあ、それなんだがね――』
 喬介は振り返って、遠去《とおざ》けてあった矢島五郎の側まで歩《あゆ》み寄《よ》ると、
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