『で、その天祥丸って言う船は、今|何処《どこ》にいるんですか?』
『今は芝浦に碇泊《ていはく》しています。何《な》んでも荷物の積込みが遅れたとかって船主《キーパー》の督促で、昨晩日が暮れてから修繕が終ると、その儘《まま》大急ぎで小蒸汽《こじょうき》に曳航《えいこう》されて出渠《しゅっきょ》しました。そうですねえ、今日の正午だそうですから、もう四時間もすると出帆です。』
『有難う。で、その船は五日前の朝|入渠《にゅうきょ》したと言いましたね? すると、あの被害者が行方不明になった、つまり殺された日の朝ですね?』
『ええそうです。』
『じゃあ構内の宿泊所には、その晩天祥丸の船員が泊っていた訳ですね? つまり、夜業はなくても、この造船所の構内には、その晩天祥丸の船員がいたんですね?』
『ええ。まあ、少々はですな。』
『と言うと?』
『詰《つま》り、八〇パーセントは淫売婦《おんな》の処《ところ》――という意味です。』
『好《よ》く判《わか》りました。で、その日天祥丸以外に入渠船《にゅうきょせん》がありましたか?』
『なかったです。』
『有難う。』
 技師は喬介との会話が終ると、一号|船渠《ドック》に入渠船《にゅうきょせん》があるからと言って、向うの船渠《ドック》の方へ出掛けて行った。そこで私も喬介に誘われて、面白半分に技師の後に従った。
 一号|船渠《ドック》の渠門《きょもん》の前には、千トン位いの貨物船《カーゴ・ボート》が、小蒸汽《こじょうき》に曳航されて待っていた。私達が着くと間もなく、扉船《とせん》の上部海水注入孔のバルブが開いて、真ッ白に泡立った海水が、恐《おそろ》しい唸《うなり》を立てて船渠《ドック》の中へ迸出《ほんしゅつ》し始めた。次《つ》いで径二尺五寸程の大きな下部注水孔のバルブも開いて、吸い込まれて面喰《めんくら》った魚を渠底《きょてい》のコンクリートへ叩き付け始めた。その小気味良い景色にうっとり見惚《みと》れていた私の肩を、喬介が軽く叩いた。
『君。船の入渠《にゅうきょ》する所でも見ながら暫く待っていて呉《く》れ給《たま》えね。僕はこれから、ちょいと犯人を捕《とら》えて来る――』
 喬介はそう言い残した儘《まま》、呆気に取られている私を見返りもせずプイと構内を飛び出して了《しま》った。仕方がないので私は、船渠《ドック》の開閉作業を見物しながら喬介の帰りを
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