ました。
それから役等は[#「役等は」はママ]B町へ出掛けて安藤巡査に豚の処置を依頼すると、そのまま自動車《くるま》で、もうすっかり明け放れたすがすがしい朝の郊外を、H駅まで疾《はし》る事になったんです。
車中で、吉岡は助役に訊ねました。
「あの豚は殺して解剖するんですか?」
すると助役は、
「ううん。もう豚公には用はないよ。僕は、彼奴《あいつ》が食余《くいあま》した餌と毒を、手に入れたからね」とそう言って外套《オーバー》のポケットから、三、四枚の花の様な煎餅《せんべい》を出して見せました。それは斑《まだら》に赤や青の着色があって、その表面には小豆《あずき》を二つに割った位の小さな木の実みたいなものが一面に貼り着けてあるんです。
「先刻《さっき》の冒険の」と助役が言いました。「一番|主《おも》だった僕の目的と言うのは、始めからこいつにあったのさ。もっともこんな煎餅を手に入れようとは思わなかったがね。つまり僕は、――盗んだ豚を殺してからではとても一人では持てないから、生かしたままで線路まで連れて来て、さてそこで上手に汽車に轢かせる様にするためには、単に縄を枕木の端の止木《チョック》の釘と反対側に立っている里程標《マイル・ポスト》との間へ渡して、その真ン中へ豚を縛った位では到底三遍も四遍も成功する事は出来まい。だから当然、盗んだ男は、線路の上へ縛りつけてから、豚を殺すか、動けなくする必要がある。と僕は思ったんだ。ところが鈍器で殴り殺すとか、又は刃物で突殺すとか、或は劇毒で殺すとか、とにかくそうした手段で即死させるんだったなら、なにもあんなに縛り着けて置く必要はない。殺して、そのまま線路の上へ投げ出して置けばいい筈だ。それにもかかわらず犯人はそうしていない。で、僕はいまこう考える――この干菓子の中にある毒は急激な反応を持ったものではなくて、犯人は途々《みちみち》毒の入った餌で豚を釣りながら線路の上まで連れて来ると、それから軌条《レール》の間へ動かない様に縛って尚|幾何《いくら》かの毒餌《どくえ》を与える。次第に毒の作用が始まる。D50・444号がやって来る――とまあ大体そんな風にね。……だがそれにしても、この干菓子は一体何だろう? 僕はこんな玩具《おもちゃ》みたいな煎餅は始めて見る。君、知ってるかい?」
と、そこで吉岡は早速首を横に振りました。そして間もなくH駅へ
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