かりか、退社後もひっかかりの仕事には全部出勤して、ことごとく従業員としての責任と、社会人としての徳義を全うしたものばかりである。
 それにもかかわらず新興キネマは、杉山、毛利、久松の三名を挙げ、右は会社に迷惑をかけた不埓ものであるから、絶対に雇用するなかれという意味の通告を各社に向って送付している。この無根の報道によって前記三名がその将来においてこうむる社会的不利益はおそらく我々の想像を絶するものであろう。
 なおこの協定には以上のほか種々なる細目があるらしいが、秘密協定であるから我々には精密なところまではわからない。しかし肝腎の点はあくまでも前述のごとく、従業員から転社の自由を奪い取った点にある。そしてそれは同時に従業員の報酬に対する無言の示威運動でもある。
 そもそも映画会社が引抜き防止策としての協定を結んだ例は従来とても再三にとどまらなかったのであるが、いまだかつて現存の四社連盟のごとくに実際的効力を発揮した例はない。
 なぜ今回に限ってかかる実例を作り得たかといえば、それは一には各社とも長年にわたる監督・俳優争奪戦に疲労し倦み果てた結果である。元来引抜きという語の持つ概念から考
前へ 次へ
全17ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊丹 万作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング