に依りヒンデンブルク、ルーデンドルフの世の中となった。ドイツの軍事的成功は偉大なものがあったが、経済的困難の増加に伴い全般の形勢は逐次ドイツに不利となりつつあった。ドイツとしては軍事的成功を活用し、米国大統領の無併合、無賠償の主義を基礎として断固和平すべきであった。政略関係は総て和平を欲していたのにルーデンドルフは欧州大戦はクラウゼウィッツの「理念の戦争」であり連合国は同盟国を殲滅せざれば止まないのだから、この戦争に於ける統帥は絶対に政治の掣肘を受くべきにあらずとして政戦略の不一致を増大し、「こうなった以上は最後まで」と頑張って遂にあの惨敗となったのである。ルーデンドルフ一党はデルブリュックの言う如く戦争の本質に対する明確な見解を持たなかったのである。即ちナポレオン以後は決戦戦争が戦争の唯一のものであると断定して、彼らが既に持久戦争を行ないつつある事を悟り得なかったのである。
[#底本218頁右上に地図あり]
 しかしあのドイツの惨敗、あの惨忍極まるベルサイユ条約の強制が、今日ナチス・ドイツの生まれる原動力をなした事を思えば生半可の平和より彼らのいわゆる「英雄的闘争」に徹底した事が正しかったとも云えるのである。天意はなかなか人智をもっては測り難いものである。
 ルーデンドルフは潜水艇戦術その他彼の諸計画は皆殲滅戦略に基づくものだと主張している。殲滅戦略、消耗戦略問題でデルブリュック教授と頻りに論争したのであるが、特にルーデンドルフは両戦略の定義につき曖昧である。政治の干渉を排して無制限の潜水艇戦を強行したから殲滅戦略だと言うらしいが、我らの考えならば潜水艦戦は厳格な意味に於て殲滅戦略とは言い難い。
[#底本219頁左上に地図あり]
 露国の崩壊によって一九一八年西方に大攻勢を試みたルーデンドルフはこれを殲滅戦略の断行と疾呼する。その軍事行為の一節を殲滅戦略と云い得るにせよ、ルーデンドルフにはあの戦略を最後まで徹底して実行し、大陸の敵主力を攻撃し、少なくも仏国に決戦戦争を強制せんとする決意ではなかったのである。即ち、持久戦争中の一節として殲滅戦略を行なったに過ぎない。フリードリヒ大王が持久戦争の末期に困難を打開せんとして断行したトルゴウ会戦と類を同じゅうする。
 ルーデンドルフが一九一八年の三月攻勢の攻勢方面につき、クール大将の提案であるフランデルン攻勢とサンカンタン攻勢を比較するに当り、戦略上から云えば前者を有利と認めている。しかるにサンカンタン案をとったのは専ら戦術上の要求に依ると称している。
 真に仏国に決戦を強いんとするならばサンカンタン附近を突破し、英仏軍を中断して運動戦に導き、敵主力を破る事が戦略上最も有利とする事は云うまでもない。
 しかるにルーデンドルフは当時の独軍は既にかくの如き運動性を欠くと判断し、英軍を撃破して英仏海峡沿岸を占領するのが敵の抵抗を断念せしむる公算が大きいから、フランデルン攻勢は戦略上有利と主張したのである。ルーデンドルフは現実に決戦戦争は行なえぬものと考えていたのである。
 三月攻勢の目標は英軍を撃破して英仏海峡に突進するにあった。それで仏軍に対しては攻勢の進展に伴いソンムの線を確保して左側を完全にする考えであった。しかるに攻勢初期は予期以上に好結果を得たので、ルーデンドルフは何時の間にやら最初の目標を変えてソンム南岸に兵を進め、更に大規模な作戦に転じようとしたのである。しかしながらこの攻勢は遂に頓挫してしまった。彼は後に、攻勢頓挫につき「運動戦に到達することが出来なかった」と云うておる。結局彼は英仏海峡にも達し得ず、大規模の運動戦にも転じ得ず、かえって新しき占領地区の左翼方面に不安を来たしたのである。
 再度言うが、ドイツ軍事界の戦争の性質に関する見解の固定が、開戦前に予期したと全く異なった戦争状態になってもなおそれらを悟り得なかった事が、一九一八年攻勢の指導にまで重大な影響を与えたのである。
 かくてドイツは統帥部の「こうなった以上は徹底的に」と云う主張に引きずられ、軍部も実は自信を失い政治はもちろん信念はなかったに拘らず、遂に行く所まで行ってベルサイユの屈辱となったのである。
 万人の予期に反して四カ年半の持久戦争となったその第一原因は兵器の進歩である。機関銃の威力は甚だ大きく、特に防禦に有利である。堅固に陣地を占め、決意して防禦する敵を突破する事は至難である。これに加うるに兵力の増大が遂に戦線は海から海におよび迂回を不可能にした。突破も出来なければ迂回も不可能で、遂に持久戦争になったのである。
 これはフランス革命で持久戦争から決戦戦争になったのとは状態を異にしている。即ちフリードリヒ大王の使った兵器も、ナポレオンの使用したものもほとんど同一であったのであるが、社会革命が軍隊の本質を
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