方面に前進、十四日敵を攻撃してこれを撃破し、再び西方に向う前進を部署した。
 しかるにデゴ戦闘後に狂喜した仏兵は、数日の間甚だ不充分なる給養であったため掠奪を始め、全く警戒を怠っていた所を、十五日ボルトリ方面より転進して来た墺軍の急襲を受け危険に陥ったが、ナポレオンは迅速に兵力を該方面に転進し遂にこれを撃破した。しかも軍隊は再び掠奪を始め、デゴの寺院すらその禍を蒙る有様であった。
 ボーリューは十二日の敗報を受けてもこれは戦場の一波瀾ぐらいに考え、その後逐次敗報を得るも一拠点を失ったに過ぎないとし、側方より敵の後方に兵を進めてこれを退却せしむる当時の戦術を振りまわして泰然としていたが、十六日に至って初めて事の重大さに気付き、心を奪われてアレッサンドリア方面に兵力を集中せんと決心したが、諸隊の混乱甚だしく、精神的打撃甚大で全く積極的行動に出づる気力を失った。
 ナポレオンは十七日主力をもって西進を開始したが、コッリーは退却してタナロ川左岸に陣地を占めた。仏軍はケバ要塞を単にこれを監視するに止めて前進、十九日敵陣地を攻撃したが増水のため成功せず、二十一日攻撃を敢行した時はサルジニア軍は既に退却していたが、これを追撃してモントヴィ附近の戦闘となり遂にコッリー軍を撃破した。
 サルジニアは震駭して屈伏し二十八日午前二時休戦条約が成立した。
 この二週間の間に墺軍に一打撃を与えサルジニア国を全く屈伏した作戦は今日の軍人の眼で見れば余りに当然であると考え、ナポレオンの偉大を発見するに苦しむであろうが、フリードリヒ大王以来の戦争に対比すれば始めてその大変化を発見し得るのである。このナポレオンの殲滅戦略を戦争目的達成に向って続行し得るところに即ち決戦戦争が行わるる事となるのである。サルジニアを屈したナポレオンは再び墺国に向い前進、ポー川左岸に退却せる敵に対しポー川南岸を東進して五月八日ピアツェンツァ附近に於てポー川を渡り、敵をしてロンバルデーを放棄の止むなきに至らしめ、敵を追撃して十日有名なるロジの敵前渡河を強行、十五日ミラノに入城した。
 五月末ミラノを発しガルダ湖畔に進出、ボーリューを遠くチロール山中に撃退した。
 当時の仏墺戦争は持久戦争でありイタリア作戦はその一支作戦に過ぎない。ナポレオンは新しき殲滅戦略により敵を圧倒したが結局ここに攻勢の終末点に達した。殊にマントア要塞は頗る堅固でナポレオンはこの要塞を攻囲しつつ四回も敵の解囲企図を粉砕、一七九七年二月二日までにマントアを降伏せしめた。
 一九一六年ファンケルハインが、いわゆる制限目的を有する攻撃としてベルダン攻撃案を採用しカイゼルに上奏せる際「若し仏軍にして極力これを維持せんとせば恐らく最後の一兵をも使用するの止むなきに至るであろう。若し斯くの如くせばこれ我が軍の目的を達成せるものである」と述べている。一九一六年ドイツのベルダン攻撃はこの目的を達成しかね、ドイツ軍は連合側に劣らざる大損害を受けて戦争の前途にむしろ暗影を投じたのであったが、ナポレオンのマントア攻囲はよくファンケルハインの企図したこの目的を達成したのである。
 墺軍は四回の解囲とマントアの降伏で少なくとも十万の兵力を失った(仏軍の損失は二万五千)。マントア攻囲前の墺軍の損失は二万に達するから、一年足らずの間に墺軍はナポレオンのために十二万を失ったのである。これは当時の墺国としては大問題で、これがため主戦場から兵を転用し、最後にはウインの衛戌兵までも駆り集めたのである。
 墺国の国力は消耗し、ナポレオンは一七九七年三月前進を起し、四月十八日レオベンの休戦条約が成立した。
 その後の大観
 ナポレオンの天才的頭脳が新戦略を生み出し、その新戦略に依ってナポレオンはたちまち軍神として全欧州を震駭した。かくしてフランスはナポレオンに依って救われた。
 ナポレオンは対英戦争の第一手段として一七九八年エジプト遠征を行なったが、留守の間仏国は再びイタリアを失い苦境に立ったのに乗じ、帰来第一統領となって一八○○年有名なアルプス越えに依って再び名望を高めた。
 一度英国と和したが一八〇三年再び開戦、遂に十年にわたる持久戦争となった。一八〇四年皇帝の位に即き、英国侵入計画は着々として進捗、その綜合的大計画は真に天下の偉観であった。これは今日ヒットラーの試みと対比して無限の興味を覚える。
 海軍の無能によってナポレオンの計画は実行一歩手前に於て頓挫し、英国は墺、露を誘引して背後を覘《ねら》わしめた。ナポレオンは一八〇五年八月遂に英国侵入の兵を転じて墺国征伐に決心した。
 ドーバー海峡に集結訓練を重ねた約二十万の精鋭(真に世界歴史に見なかった精鋭である)は堂々東進を開始して南ドイツに侵入、墺、露両軍の間に突進して九月十七日墺のほとんど全軍をウル
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