一四年)には三回だけ大会戦があったけれども戦争の運命に作用する事軽微であった。またこの頃殲滅戦略を愛用したカール十二世は作戦的には偉功を奏しつつも、遂にピーター大帝の消耗戦略に敗れたのである。
 かくてポーランド王位継承戦争(一七三三―三八年)には全く会戦を見ず、しかもその戦争の結果政治的形勢の変化は頗る大なるものがあった。すなわちフリードリヒ大王即位(一七四〇年)当時の用兵は持久戦争中の消耗戦略中、甚だしく機動主義に傾いていたのである。
 当時かくの如く持久戦争をなすの止むなき状況にあり、しかも消耗戦略の機動主義すなわち戦争の最も陰性的傾向であったのは政治的関係より生じた不健全なる軍制に在ったのであるが、今少しくこれにつき観察して見よう。
 1、傭兵制度
 十八世紀の戦争は結局君主が、その所有物である傭兵軍隊を使用して自己の領土権利の争奪を行なった戦争である。しかるに軍隊の建設維持には莫大な経費を要し、兵は賃金のために軍務に服しているが故に逃亡の恐れ甚だしく、しかも横隊戦術は会戦に依る損害極めて多大であった。これらの関係から君主がその高価なる軍隊を愛惜するために会戦を回避せんとするは自然である。
 また兵力も小さいため、遠大なる距離への侵入作戦は至難であった。
 2、横隊戦術
 横隊戦術は火器の使用により発達したのであるが、依然火器の使用には大なる制限を受けるのみならず運動性を欠くことが甚だしかった。しかしながら、専制的支配を必要とする傭兵であったため、十八世紀中には遂にこの横隊戦術から蝉脱《せんだつ》する事が出来なかった。
 主将は戦役(戦役とは戦争中の一時期で通常一カ年を指す)開始前又は特別な事情の生じた時、「会戦序列」を決定する。この序列は行軍、陣営、会戦等の行動一般を律するものである。会戦のためには、その序列に従い、横広(大王時代通常四列、プロイセンに於ては現に三列)に並列した歩兵大隊を通常二戦列と、両翼に騎兵を配置し、当時効力未だ充分でなかった砲兵はこれを歩兵に分属して後方に控置したのである。
 盲従的規律を要する傭兵には横隊を捨て難く、しかも指揮機関の不充分はかくの如き形式的決定を必要としたのであるが、行軍よりかくの如き隊形に開進し、会戦準備を整うる事は既に容易の業でなく、またかくの如き長大なる密集隊形の行動に適する戦場は必ずしも多くなく、かつ開進後の整いたる運動は平時の演習に於てすら非常な技術を要する。敵火の下ではたちまち混乱に陥ることは明らかであり、また地形の影響を受くる事は極めて大きい。
 殊に前進と射撃との関係を律する事は殆んど不可能に近い。すなわち一度停止して射撃を始める時は最早整然と発進せしむる事は云うべくして行ない難い。砲兵の威力は頼むに足らない。
 以上の諸件は攻撃の威力を甚だしく小ならしむるものである。すなわち一方軍が会戦の意志なく、地形を利用して陣地を占領する時は攻撃の強行は至難であった。
 又たとい敵を撃退せる場合に於ても軽挙追撃して隊伍を紊《みだ》る時は、敗者のなお所有する集結せる兵力のため反撃せらるる危険甚大で、追撃は通常行なわれず、徹底的な戦捷の効果は求め難かった。
 3、倉庫給養
 三十年戦争には徴発に依る事が多かったが、そのため土地を荒し、人民は逃亡したり抵抗したりするに至って作戦に甚だしい妨害をしたのである。それ以来反動として極端に住民を愛護し、馬糧以外は概して倉庫より給養する事となった。
 傭兵の逃亡を防ぐためにも給養は良くしなければならないし、徴発のため兵を分散する事は危険でもあり、殊に三十年戦争頃に比し兵が増加したため、到底貧困な地方の物資のみでは給養が出来なくなった。
 そこで作戦を行なう前に適当の位置に倉庫を準備し、軍隊がその倉庫を距たること三、四日行程に至る時は更に新倉庫を設備してその充実を待たねばならぬ。敵の奇襲に対し倉庫の掩護《えんご》は容易ならぬ大問題であった。
 4、道路及び要塞
 欧州道路の改善は十八世紀の後半期以後急速に行なわれたもので、ナポレオンは相当の良道を利用し得たけれども、フリードリヒ大王当時は幅は広いが(軍隊は広正面にて前進し得た)ほとんど構築せられない道路のみで物資の追送には殊に大なる困難を嘗《な》めた。
 水路はこれがため極めて大なる価値があり要塞攻撃材料の輸送等は川に依らねばほとんど不可能に近い有様で、エルベ、オーデル両河は大王の作戦に重大関係がある。
 十七世紀ボーバン等の大家が出て築城が発達し、各国が国境附近に設けた要塞は運動性に乏しかった軍の行動を掣肘する事極めて大きかった。
 以上の諸事情に依って戦争に於ける武力の価値は低く、持久戦争中でも消耗戦略の機動主義に傾くは自然と云うべきである。
 当時の戦争の景況を簡単に説明する事にしよう
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