》を二人で食べたりなどした。
いつも肩のあたりの色の褪《さ》めた背広などを着込んで、通って来たころから見ると、男はよほど金廻りがよくなっていた。米琉《よねりゅう》の絣《かすり》の対《つい》の袷《あわせ》に模様のある角帯などをしめ、金縁眼鏡をかけている男のきりりとした様子には、そのころの書生らしい面影もなかった。
酒の切揚げなどの速い男は、来てもでれでれしているようなことはめったになかった。会社の仕事や、金儲《かねもう》けのことが、始終頭にあった。そして床を離れると、じきに時計を見ながらそこを出た。閉めきった入口の板戸が急いで開けられた。
男が帰ってしまうと、お増の心はまた旧《もと》の寂しさに反《かえ》った。女房持ちの男のところへ来たことが、悔いられた。
「お神さんがないなんて、私を瞞《だま》しておいて、あなたもひどいじゃないの。」
来てから間もなく、向うの家のお婆さんからそのことを洩《も》れ聞いたときに、お増はムキになって男を責めた。
「誰がそんなことを言った。」
男は媚《こ》びのある優しい目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ったが、驚きもしなかった。
「嘘《うそ》だよ。」
「みんな聞いてしまいましたよ。前に京都から女が訪《たず》ねて来たことも、どこかの後家さんと懇意であったことも、ちゃんと知ってますよ。」
「へへ。」と、男は笑った。
「その京都の女からは、今でも時々何か贈って来るというじゃありませんか。」
「くだらないこといってら。」
「私はうまく瞞されたんだよ。」
男は床の上に起き上って、襯衣《シャツ》を着ていた。お増は側《そば》に立て膝《ひざ》をしながら、巻莨《まきたばこ》をふかしていた。睫毛《まつげ》の長い、疲れたような目が、充血していた。露出《むきだ》しの男の膝を抓《つね》ったり、莨の火をおっつけたりなどした。男はびっくりして跳《は》ねあがった。
二
しかし男も、とぼけてばかりいるわけには行かなかった。三、四年前に一緒になったその細君が、自分より二つも年上であること、書生のおりそこに世話になっていた時分から、長いあいだ自分を助けてくれたことなどを話して聞かした。そのころその女は少しばかりの金をもって、母親と一緒に暮していた。
「それ御覧なさい。世間体があるから当分別にいるなんて、私を瞞しておいて。」
二人は長
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