にし出した。
 お庄はそうして長く坐り込まれても困ると思った。母屋《もや》の座敷で昼寝をしている芳太郎のことも気にかかったが、とにかく酒だけは出すことにした。しばらくしてから、卵焼きに海苔《のり》などが酒と一緒に上衣《うわぎ》を脱いで寛《くつろ》いでいる磯野の前に持ち運ばれた。

     七十九

 磯野がちびちび酒を飲んでいる間も、お庄はちょいちょい母屋《もや》の方を気にして覗きに来た。磯野は切り揚げそうにしては、また想い出したように銚子《ちょうし》をいいつけいいつけしたが、お庄が傍ではらはらするほど、気が熬《い》れて話がこじくれて来た。
「僕はここの家の人に紹介してもらおう、そしてお庄ちゃんのことも頼んで行きたいと思うが悪いかね。」磯野は衣兜《かくし》のなかから、帳場へおく祝儀などを取り出して、お庄の前におきながら言った。
「そんなことをしなくともいいんですよ。かえっておかしゅうござんすから。」と、お庄は押し戻した。
「芳太郎という人にも、ここでちょッと逢って行こうじゃないか。僕は第三者として、お庄ちゃん夫婦のためにいささか健康を祝したいと思う。」と酒の廻った磯野は芝居じみたよう
前へ 次へ
全273ページ中248ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング