そんなことだろうと思った。どうせ私《わし》は子に縁がないのだでね。」
 叔父と母親とが、赤子の死んで出たことを話して聞かすと、叔母は片頬《かたほ》に淋しい笑《え》みを見せて、目に冷たい涙を浮べた。
 その一夜は、何となく家が寂しかった。母親と幸さんとは、壺の前に時々線香を立てたり、樒《しきみ》に湿《うるお》いをくれたりしていたが、お庄は爛《ただ》れた頭顱《あたま》を見てから、気味が悪いようで、傍へ寄って行く気になれなかった。
「お此《この》さんは、あまり氷や水菓子が過ぎたもんで、それで腹が冷えて、赤子があんなになったろうえね。」と母親は、夜更けてから、茶の間で衆《みんな》が鮨《すし》を摘《つま》んで茶を飲んでいる時言い出した。
 叔父はそこへ臥《ね》そべりながら、黙っていた。長いあいだ叔母の体が根底から壊されていることや、血の汚れていることが、深く頭脳《あたま》に考えられた。
 叔父はやがて、すごすごと座敷へ入って寝てしまった。
 蒸し暑いような、薬くさいような産室の蚊帳のなかから、また産婦の呻吟声《うめきごえ》が洩れた。お庄と一緒に、そこいらの後片着けをしていた母親は、急いでその部屋
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