んですから、堅いと言ったって、ここいらの堅いとはまた違ってますのさ。」お鳥は鼻にかかった声で言って澄ましていた。
お鳥は寝所《ねどこ》へ入ってからも、自分の知っているそういう家の風をいろいろ話して聞かした。
二、三日経ってから、お鳥が浅草の叔母の方へ帰って行ったころには、店の方からよく働く女が一人ここへ廻されていた。方々ですれて来たお鳥の使いにくいことが、その前から奥へもよく解っていた。店の荷造りをする男と、一緒に仕舞湯へ入ってべちゃくちゃしながら、肌の綺麗な男の背を流しなどしているところを、台所働きに見られて、言いつけられた。内儀《かみ》さんはお鳥を呼びつけて、しねしね叱言《こごと》を言った。
「もう厭になっちゃった。どうせこんなところは腰かけなんだから、どうだってかまやしない。」
お鳥は奥から出て来ると、太《ふて》くさったような口を利いて、茶の間にごろごろしていた。
お鳥は出て行くとき、荷部屋へ入って、お庄としばらく話し込んでいた。それから借りた金なども綺麗に返して、包みを一つ抱えて裏から脱けて行った。
後で多勢でこの女の噂が始まった。若い男たちは、お庄らの気着かぬことまで見ていた。お庄も一緒になって、時々切なげな笑い方をした。
二十四
お庄の行った家は、お鳥の言うほど洒落《しゃれ》てもいなかった。
お庄は家からかかった体裁に、お鳥から電話をかけてもらって、ある晩方日本橋の家を脱けて出た。その日は一日|気色《きしょく》の悪い日で、店から来た束髪の女ともあまり口を利かなかった。お庄には若い夫婦の傍にいつけて、理窟っぽくなっているこの女の幅を利《き》かすほど、煮物や汁加減《つゆかげん》が巧いとは思えなかった。学校出の御新造を笠に被《き》て、お上品ぶるのも厭であった。
その晩は、白地が目に立つほど涼しかった。お庄は母親に頼んであるネルの縫直しがまだ出来ていなかったし、袷羽織《あわせばおり》の用意もなかったので、洗濯してあった、裄丈《ゆきたけ》の短い絣《かすり》の方を着て出かけて行った。
馬車の中は、水のような風がすいすい吹き通った。お庄は軽く胸をそそられるようであった。
お庄は賑やかな池《いけ》の畔《はた》から公園の裾《すそ》の方へ出ると、やがて家並みのごちゃごちゃした狭い通りへ入った。氷屋の簾《すだれ》、床屋の姿見、食物屋《たべもの
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