を飛び歩いたり、食べ物を塩梅《あんばい》したりする様子も、どうかすると気にかかってならなかった。お庄はそういう時にも、顔に袂を当てがって笑う癖があった。
一緒に湯に入ると、女はお庄の肉着きのいい体を眺めて、「わたしは一度もお庄ちゃんのように肥《ふと》ったことがなくて済んだんだよ。」と、うらやましがった。
お庄はまた、骨組みの繊細《きゃしゃ》なこの女の姿だけはいいと思って眺めた。髪の癖のないのも取り柄のように思えた。
「まアこちらのお宅に辛抱してごらんなさい。こちらもあまりパッパとする方じゃないけれど、内儀《おかみ》さんが目をかけて使って下さるからね。どこへ行ったって、そういい家というものはないものですよ。」と、女はお庄がやや昵《なじ》んだ時分に、寝所でしみじみ言って聴かせた。
お庄はそうして奉公気じみたことを考えるのが、厭なようであった。
女が包みと行李とを蹴込《けこ》みに積んで、ある晩方向島の方へ送られて行くと、間もなくお鳥がやって来た。
お鳥は躯《からだ》の小さい、顔の割りに年を喰った女であったが、一ト目見た時から、どこか気がおけなそうに思えた。
お鳥は来た晩から、洗い浚《ざら》い身の上ばなしを始めた。向島の妾宅のこと、これまでに渉《わた》りあるいた家のことなども、明けッ放しに話した。
お庄は時々この女に、用事をいいつけるようになった。女は「そう」「そう」と言って、小捷《こばしこ》く働いたが、そそくさと一ト働きすると、じきに懈《だる》そうな風をしてぺッたり坐って、円《まる》い目をパチパチさせながら、いつまでも話し込んだ。この女が平気で弁《しゃべ》ることが、終《しま》いにはおそろしくなるようなことがあった。
お鳥は冷《ひや》っこい台所の板敷きに、脹《ふく》ら脛《はぎ》のだぶだぶした脚を投げ出して、また浅草で関係していた情人《おとこ》のことを言いだした。
「堅気の家なんか真実《ほんとう》につまらない。奉公するならお茶屋よ。」
お鳥は溜息をついて、深い目色をした。
お庄も足にべとつく着物を捲《まく》しあげて、戸棚に凭《もた》れて、うっとりしていた。奥も台所の方も、ひっそりしていた。
二十一
水天宮の晩に、お鳥は奥の方へは下谷《したや》の叔母の家に行くと言って、お庄に下駄と小遣いとを借りて、裏口の方から出て行った。この女は来た時から何
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