にも思えた。
「まア浅山ともよく相談して見るだい。片輪にでもされてから、何を言って見たって追っ着かない話だで。」伯母は心配そうに言った。
お庄は家のなくなった母親のことも気にかかった。どうせ針仕事もあるから、お庄さえ辛抱する気なら、母親に来ていてもらってもいいと言っていたお袋の言《ことば》を憶《おも》い出したが、効性《かいしょう》のない母親が、手も口も喧《やかま》しい、あの人たちのなかにいられそうにも思えなかった。自分一人の体さえ、いつどうなるか解らないと思った。
「阿母さんこそ、田舎へ帰った方がよかったんですよ。」と、お庄はいじめるように言った。
こんなに行き詰まっても、母親がまだ田舎へ帰るのを厭がっているのがもどかしくも思えた。
「正雄でも一人前にならにゃ、私《わし》も田舎へ提げて行く顔がないで。」と母親は切なげに言った。
「その間、私は私でどこかお針にでも行っているでいいわね。」
「お針って、お安さあはどんな仕事が出来るだい。」と伯母は手も遅く、気も利かない母親のことを嗤《わら》った。これまでにも、お庄に突き放されると、母親は、そこからそこまでへも、買物一つしに行くことが出来なかった。
お庄の帰ったのは、八時ごろであった。婚礼後、芳太郎と一緒に、一度挨拶に行ったことがあるので、家の様子は大概解っていた。お庄はその少し手前で俥から降りて、途中で買った手土産を挈《さ》げながら入って行った。
家はかなり人数が多かった。老人《としより》も子供もあった。お庄は一々それらの人に、叮寧《ていねい》に挨拶をしてから、自分ら夫婦のに決められた奥の部屋へ導かれた。芳太郎はちょうど湯に行っているところであった。
「どうもお世話さまでした。」と、お庄はランプを持って来てくれた細君に愛想よく礼を言って、まだ荷の片着かない部屋を見廻していた。
八十三
お庄もそこらを片着けてから、べとべとする昼間の汗を流して来ようと思って、鏡台の抽斗《ひきだし》にしまっておいた糠袋《ぬかぶくろ》などを取り出し、縁づいてからお袋が見立てて拵えてくれた細い矢羽根の置型《おきがた》の浴衣《ゆかた》に着かえた。
部屋はたッた六畳敷きで、一間の押入れに置き床などがあって、古びた天井も柱もしっかりしていた。住居とはかけ放れた方の位置で、前はすぐ広い荒れた庭になっていた。崩れかかったような塀際
前へ
次へ
全137ページ中130ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング