あった。お庄は正雄と一緒に停車場まで見送ってやった。
 叔父の家は、その三、四日前に畳まれてあった。雑作も棄売りにして、それで滞っていた払いをすましたり、自分もいくらか懐へ入れて、町に涼気《すずけ》の立った時分に、湯島の伯母の家を俥で出て行った。
 叔父は田舎へ行っても、快く自分を迎えて、養生をさしてくれそうな隠れ家の的《あて》とてもなかった。東京で世話をしてやった友人が町でかなりな歯科医の玄関を張っている、そこへ行くか、亡《な》くなった妻の実家の持ち家が少しばかりある、その中の一つを借りて起臥《きが》するかよりほかなかった。どっちにしても、こんな病人に来て寝込まれるのを迷惑がるのは、解りきっていた。
 田舎でみっちり養生をして、癒《なお》ったらまた出て来て、運を盛り返そうという心組みのあることは、痩《や》せ衰えた叔父の顔にも現われていた。
「私はまだ結核にはなっておらんつもりだで――。」と、叔父は立つ前にもそう言って、一人では道中が気遣われると言って危ぶむ母親や伯母に笑って言った。
「そんなこといって、汽車のなかで血でも吐いたらどうすらい。」と、母親は弟をたしなめた。ことによったら糺か繁三に行ってもらってもいいし、正雄がついて行ってもいいと思ったが、強《し》いて勧めもしなかった。
「工合が悪かったら、すぐ宿屋へ入ってどっちへでも電報を打たっし。」と、伯母も言い添えた。
 叔父の手荷物と言っては、書生で出て来た時分ほどの物すらないくらいであった。時計や指環などもとっくに亡くなって、汚れたパナマだけが、京橋で活動していた時分の面影を遺《のこ》していた。そのパナマも、遊びに来る糺の友人に買ってもらおうとしたくらいであったが、買値《かいね》を言えば嗤《わら》われるほどであったので、叔父は気持を悪くして、それだけは冠《かぶ》って行くことにした。
 正雄もお庄も、型の古いその帽子を冠って、三等客車に乗り込んで行く、叔父の、窶《やつ》れて耄《ぼ》けたような姿を見て、後からくすくす笑っていた。
 叔父はお庄のことなどは、口へ出して聞きもしなかった。出来る時分にあまり世話をしておかなかったことが、心に省みられたからでもあろうし、このごろ様子や心持のすっかり渝《かわ》った姪《めい》の身のうえを知るのも厭《いと》わしいように見えた。お庄も自分のことを言い出すどころではなかった。
「叔父
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