へ出して言うこともあった。
「こんな客商売をする家へ来たら、お前もちっと気を利かさなくちゃいけないよ。」
 お庄はお袋の指図で、浅草にいたころ挿したような黄楊《つげ》の櫛《くし》などを、前髪を広く取った島田髷の頭髪《あたま》に挿さされた。そして手の足りない時は、座敷へ出て客の相手をもしなければならなかった。
「あんたはここの家の何です。」と言って客に訊《き》かれると、お庄はいつも曖昧《あいまい》な返事をして笑っているのが切なかった。お袋に教わった通りに、ここの養女だということが、慣れて来るまでは口へ出なかった。
 親父もお袋も、血を引いていない子息《むすこ》の芳太郎のことをあまり気にかけてもいなかった。芳太郎の生みの母親が、いつかどこからか帰って来はしないかということも、始終|気遣《きづか》われた。この家を芳太郎に譲れば、自分たちはやがてここから逐い出されて行かなければならぬようなことがないとも限らぬと不安のある様子も、お庄の心に感じられて来た。
 お袋は土間へ降りてビールや正宗の空罎《あきびん》を、物置へしまい込んでいるお庄の側へ来て、
「こんな物は皆なお前にあげるよ。三月も溜めておいちゃ空罎屋へ売るんですがね、どうして大きいものですよ。お前はそのお鳥目《あし》を自分のものにして除《の》けておおきよ。これまでは芳の儲《もう》けにしておいたけれど、彼《あれ》にやったって皆な飲んでしまうから何にもなりゃしない。」と言って、薄暗い物置の中を窺《のぞ》いていた。
 お袋は、これまでに骨折って、幼《ちいさ》い芳太郎を育てて来ても、芳太郎の頭脳《あたま》にはまだ田舎にいる母親のことが、時々憶い出されているということや、今の親父と折合いの悪いことなどを言い出して零《こぼ》した。お袋の口ではこの界隈で顔利きの親父が、帳場にでも坐っていてくれなければ、一日もこんな商売がして行かれないということであった。
「それでお前さえ柔順《おとな》しく辛抱してくれれば、私は何でもして上げるよ。芳太郎が厭なら厭でもいいのさ。彼《あれ》に身上を配《わ》けて別家さして、お前に他から養子をしたっていいんですからね。」
 お庄は空罎の積みの前に立って、「え、え。」と言って聴いていたが、ぽつぽつ痘痕《あばた》のような穴のあるお袋の顔が、薄気味わるく眺められた。四、五日前に、親父がどこからか、延べの指環を一つ
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