、自分ら夫婦は早晩商売を若夫婦に譲り渡して、この春建てた裏の離房《はなれ》へ別居してしまいたいということであった。自分が来て世話を焼くようになってから、メキメキ商売が繁昌《はんじょう》するようになったという自慢話も出ていた。
婆さんが媒介人《なこうど》と一緒に、いい機嫌で帰って行ってから、従姉《あね》は鬱陶《うっとう》しい顔をして、茶の室《ま》へ出て来た。浅山は手酌で、まだそこに飲んでいた。
「どうだお庄さん行って見るかね。己《おれ》のような安官員のところなぞへ行って、年中ぴいぴいしてるよりか、どのくらい気が利いているか知れないよ。」浅山は景気づいて言い出した。浅山がなにかにつけて、始終|実姉《あね》の家の厄介《やっかい》になっていることは、お庄も従姉《あね》の愚痴談《ぐちばなし》で知っていた。
「腰弁当こそ駄目よ。」と、従姉《あね》もそうけ立った頭髪《あたま》を押えながら呟いた。
「お庄の前祝いに、私も一つ頂きましょうかね。」と、酒ずきな伯母が傍から浅山に猪口を催促した。
お庄は伯母にも愛想よく酌をしてやったが、まだそこまで気が進んでいなかった。
六十九
婚礼の日にも、お庄は母親と一緒に、昼間から従姉《あね》の家に行っていて、そこから媒介人《なこうど》夫婦と浅山夫婦とが附いて行くことになった。
四ツ谷から汽車に乗ったのは、その日の夕暮れであった。線路沿いの濠端《ほりばた》には葉桜ばかりが残っていて、暗い客車の窓には若葉の影が流れた。お庄はもうそんな時節かと思って、初めてそこらを見廻した。先が急いでいたのに叔父の手もとが苦しく、持っている物も、その日の間に合わすことも出来なかった。じみな色合いの紋附の上に、衿の型の少し古くなったコートを着て、手に指環一つないのが心淋しかった。
お庄は二、三日前に受け取った磯野の手紙のことなどを想い出していた。その手紙には磯野から折れてこの間のことを詫びた文句などが書いてあった。磯野が後悔していることは、その手紙でも解ったが、そんなことは他の女に対しても、これまでないことではなかった。お庄は体が忙《せわ》しかったので、その返辞を書く隙《ひま》すらなかった。これぎり手紙のやり取りをする時がありそうにも思えなかった。
停車場へ着くと、提灯《ちょうちん》を持った男が十人余り出迎えていた。法被《はつぴ》を着た男や、縞
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