の心も多少落ち着いていた。
「私のようなものでも、どうぞ姉と思って交際《つきあ》って頂戴ね。磯野さんにも、芳村の弟のつもりで、これから力になって戴《いただ》くことに私お願いしたんですからね。」と、お増は猪口《ちょく》を差しながらお庄に話しかけた。なにかにつけて源之助の仮声《こわいろ》ぶりを演《や》るその調子が、お庄の耳には舐《な》めつかれるようであった。
帰りに磯野もお庄もお増の宿へ寄ることになった。六畳ばかりのその部屋はきちんと片着いていた。先刻《さっき》出て行ったままに、鏡立てなどが更紗《さらさ》の片《きれ》を被《か》けた芳村の小机の側に置かれて、女の脱棄てが、外から帰るとすぐ暖まれるように余熱《ほとぼり》のする土の安火《あんか》にかけてあった。
「私冷え性なものですから、安火がなくちゃどうしても寝つかれないの。」と、お増は中へ手を挿《さ》し入れて、火を掘《ほじ》くった。そしてそこから小さい火種を持ち出して、火鉢に火を興《おこ》しはじめた。長いあいだ慣らされて来たこの夫婦の切り詰めた世帯が、炭の注《つ》ぎ方にも思いやられた。田舎からの細い仕送りで、やっと図書館通いをしている芳村が、三度の食事を切り詰めても、傍に女がいなくては、一日も本を読んでいられないということを、お庄はお増から聞いて知っていた。
口を窄《つぼ》めて火を吹いている、生《は》え際《ぎわ》の詰ったお増の老《ふ》けた顔を横から眺めながら、お庄は毎日弁当を持って図書館へ通っていた芳村の低い音声や、物優しい蒼い顔を想い出していた。脚気《かっけ》で悩んでいる時も、お増は男を低い自分の肩に寄りかからせながら、それでも図書館通いを続けさせていた。
六十四
三人で安火に当っているうちに、磯野は腹が痛むと言い出して、そこへ突っ伏した。お増は押入れから自分の着物を出して来て、背《せなか》へ被《か》けたり、火鉢の抽斗《ひきだし》から売薬を捜して飲ませたりしたが、磯野の腹痛は止まなかった。
「いけないわね。」と、お増は独りで気を揉《も》みながら、枕など持ち出して来て、
「気味が悪いでしょうけれども、少しそこにお寝《よ》っていらっしゃいよ。」
「あまり晩《おそ》くならないうちに、お庄ちゃんは一足先へお帰り。叔父さんが心配するといけませんよ。」と、大分経ってから、安火に逆上《のぼ》せたような赫《あか》い顔
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