んだあとでもまた自分の手を注意深く消毒するのが気にくわなかったが、それすら今はあまり相手をしてくれなくなった。
 障子張りが一ト片着き片着いてから、衆《みんな》は一緒に晩飯を食べた。お増は芳村のいない宿の部屋へ帰って、昨日から持越しの冷たい飯を独りで食べる気がしなかった。
「話を聞いてみれば、あの人だって可哀そうですよ、寄りつくところがないんですからね。」と、お庄は後でお増のことを噂した。
「一生懸命芳村さんに噛《かじ》りついていたって、その芳村さんがどうなるか知れやしない。」
 お庄はそう言いながら、奥の箪笥のうえに置かれた鏡の前に立って、髪を直していた。磯野とお増と三人で、晩に寄席に行く相談が、飯の時取り決められてあった。磯野はお増に寄席を強請《ねだ》られると、そのつもりで、飯が済んでからお増と一緒に、一旦帰って行った。
 お庄は顔も化粧《つく》り、着物も着替えて待っていたが、時計が七時を打っても八時を打っても誰も来なかった。お庄はじっとして落ち着いていられなかった。
 軒の外へ出て見ると、雨がしぶりしぶりと降り出している。お庄は出たり入ったりしていたが、待ちきれなくなって、傘《かさ》を持ち出して、つい近所のお増の宿の前まで様子を見に行った。
 お増の宿は、その番地の差配をしている家の奥の方の離房《はなれ》で、黒板塀《くろいたべい》の切り戸を押すと、狭い庭からその縁側へ上るようになっている。お庄はその切り戸の節穴から、そっと裏を覗《のぞ》いてみると、離房《はなれ》の方の板戸は、ぴったり締っていて、中に人気《ひとけ》もしなかった。お庄は急いで天神の通りの方へ出て行った。
 磯野の叔父の家では、やっと飯を済ましたところであった。叔父は茶の室《ま》の火鉢のところに胡坐《あぐら》を組んで、眼鏡をかけて新聞を見ていた。
 お庄は上《あが》り框《がまち》のところに膝を突いて、奥の方を覗き込んだが、磯野は三時ごろにぶらりと出て行ったきり、まだ帰っていなかった。
「私アまた庄ちゃんのとこだと思ったら、そいつアおかしいね。」叔父はそう言いながら、また新聞に目を移した。
 寄席へ入って行くと、目をきょろきょろさせながら、四下《あたり》を見廻しているお庄のすぐ目の前に、磯野とお増が狎《な》れ狎《な》れしげに肩を並べて坐っていた。

     六十三

 お庄はその側《なか》へ割り込ん
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