は金六町の家へ帰って来ると、昨夜《ゆうべ》帰った叔父が二階にまだ寝ていた。三和土《たたき》に脱いである見なれぬ女の下駄がお庄の目を惹《ひ》いた。
「……芸者だか何だか……。」と、母親は笑っていた。

     五十六

 お庄らが母子《おやこ》の仕事として、ひっそりした下宿を出そうと思いついたのは、この事務所を畳んでから、一家が丸山の隣の小さい借家へ逼塞《ひっそく》してからであった。それまでに会社の方はパタパタになっていた。欠損を補うべき金や、下宿の資本《もと》を拵えると言って、叔父は暮に田舎へ逃げ出したきり、いつまでも帰って来なかった。
 河岸《かし》の家で、叔父が一、二度二階へ連れ込んで来た女が、丸山の田舎の嫂《あによめ》の姪《めい》であることが、お庄母子にじきに解った。その女はお照と言って年はお庄からやっと一つ上の十九であったが、もう処女ではなかった。東京へ出るまでには思い断《き》ったこともして来た。
 丸山の隣へ引っ越して行ってから、この女とお庄はじきに近しい間《なか》になった。女は痩せぎすな※[#「※」は「兀+王」、第3水準1−47−62]弱《ひよわ》いような体つきで、始終黙ってはずかしげにしていたが、表に見えるほど柔順《すなお》ではなかった。お庄にはどこか調子はずれのところがあるようにも思えた。叔父は丸山へ行って碁を打っているうちに、この女と親しくなった。女は碁もかなりに打てたが、字なぞも巧《うま》かった。
 一ト晩中、女は安火《あんか》に当って、お庄母子に自分のして来たことを話して聞かした。田舎で親々が長いあいだ取り決めてあった許婚《いいなずけ》の人を嫌《きら》って北国の学校へ入っている男を慕って行った時のことなどが詳しく話された。女は暑中休暇に帰省している親類先のその男の家へ、養蚕の手助けに行っているうちに、男と相識《あいし》るようになった。
 男が学校へ帰って行ってから間もなく、女は目ぼしい衣類や持物を詰め込んだ幾個《いくつ》かの行李をそっと停車場まで持ち出して、独りで長い旅に上った。
「その時のことは、今から想《おも》うとまったく小説のようよ。」と、女は汽車のない越後から暗い森やおそろしい河ばかりの越中路を通るとき、男に跡を尾《つ》けられたことや脅迫されたことなどを話した。
 制裁の厳《きび》しい寄宿に寝泊りしていた男は、一、二度女の足を止めてい
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