ま》で、今やっと裏口から届けて来た、着物の包みをほどきながら、母親と額を鳩《あつ》めて話し合った。包みのなかには、正雄に着せる紋附や袴も入っていた。二人は気忙しそうに、仕着《しつ》け糸を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》りはじめた。母親はその中で、紋を一つ一つ透《すか》しては見ていた。
長く田舎に蟄居《ひっこ》んでいる父親に物を亡《な》くされた愚痴が、また言い出された。
五十一
「……後をお貰いなさればと言っても、私はまたちょくちょく寄せておもらい申しますわね。」と、姑《しゅうとめ》が皆に暇乞《いとまご》いして帰ってしまってからは、叔父の家も急に寂しくなった。弟夫婦は、葬式《とむらい》がすむと、じきに立って行った。
それまでに、姑は片見分けに自分の持って帰るようなものを、母親と一緒に、すっかり箪笥のなかから択《え》り分けた。中には叔母が田舎にいた時分から離さなかった頭髪《あたま》のものなどもあった。姑は自分がそれを拵えてやたころのことを言い出して、三十やそこいらで死んでしまった娘の不幸をまた零《こぼ》しはじめた。
そんな物を択り分けるに、二人は毎日毎日暇を潰《つぶ》した。出して見てはしまったり、やって見てはまた惜しくなったりした。
「欲しいと言うものは何でも持って行かした方がいい。姉さまやお庄には、どうせまた拵えるで……。」と、叔父は蔭で母親をたしなめた。
姑はお庄に案内してもらって、久しぶりで浅草や増上寺を見てあるいた。芝居や寄席へも入った。姑はそのたんびに、何かしら死んだ娘の持ちものを一つや二つは体に着けて出ることにしていたが、お庄も叔母の帯などを締めて、いつもめかしこんで出て行った。四畳半にはまだ白い位牌《いはい》が飾ってあった。姑は外から帰って来ると、その側へ寄って、線香を立てたり鈴を鳴らしたりした。
「新仏《あらぼとけ》さまにまた線香が絶えておりましたに。」と言って、姑は余所行《よそゆ》きのままで、茶の室《ま》へ来て坐った。
「へ、そうでござんしたかね。」と、母親は此間《こないだ》中の疲れが出て、肩や腰が痛いと言って、座敷の隅の方に蒲団を延べて按摩《あんま》に療治をさせながら、いい心持に寝入っていた。
叔父は明後日《あさって》の初七日《しょなぬか》のことで、宵から丸山へ相談に行っていた。
「ああ、お蔭さまで、私
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