。だがそれはそうたいした美しさでもなかった。その上防波堤へ上がって、砂ぶかい汽車や電車の軌道ぞいの往来へあがってみると、高台の方には、単調な松原のなかに、別荘や病院のあるのが目につくだけで、鉄拐《てっかい》ヶ峰や一の谷もつまらなかった。私は風光の生彩をおびた東海の浜を思いださずにはいられなかった。すべてが頽廃《たいはい》の色を帯びていた。
 私たちはまた電車で舞子の浜まで行ってみた。
 ここの浜も美しかったが、降りてみるほどのことはなかった。
「せっかく来たのやよって、淡路へ渡ってみるといいのや」雪江はパラソルに日をさえながら、飽かず煙波にかすんでみえる島影を眺めていた。
 時間や何かのことが、三人のあいだに評議された。
「とにかく肚《はら》がすいた。何か食べようよ」私はこの辺で漁《と》れる鯛《たい》のうまさなどを想像しながら言った。
 私たちは松の老木が枝を蔓《はびこ》らせている遊園地を、そこここ捜してあるいた。そしてついに大きな家の一つの門をくぐって入っていった。昔しからの古い格を崩さないというような矜《ほこ》りをもっているらしい、もの堅いその家の二階の一室へ、私たちはやがて案内された。
「ここは顕官の泊るところです。有名な家です」桂三郎は縁側の手摺《てすり》にもたれながら言った。淡路がまるで盆石のように真面《まとも》に眺められた。裾の方にある人家の群れも仄《ほの》かに眺められた。平静な水のうえには、帆影が夢のように動いていた。モーターがひっきりなし明石の方へ漕いでいった。
「あれが漁場《りょうば》漁場へ寄って、魚を集めて阪神へ送るのです」桂三郎はそんな話をした。
 やがて女中が高盃《たかつき》に菓子を盛って運んできた。私たちは長閑《のどか》な海を眺めながら、絵葉書などを書いた。
 するうち料理が運ばれた。
「へえ、こんなところで天麩羅《てんぷら》を食うんだね」私はこてこて持ちだされた食物を見ながら言った。
「それああんた、あんたは天麩羅は東京ばかりだと思うておいでなさるからいけません」桂三郎は嗤《わら》った。
 雪江はおいしそうに、静かに箸《はし》を動かしていた。
 紅い血のしたたるような苺《いちご》が、終わりに運ばれた。私はそんな苺を味わったことがなかった。
 私たちはそこを出てから、さらに明石の方へ向かったが、そこは前の二つに比べて一番汚なかった。淡路へわ
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