いる時でも、洗湯《せんとう》へ行っている間でも、小僧ばかりでは片時も安心が出来なかった。帳合いや、三度三度の飯も、自分の手と頭とを使わなければならなかった。新吉は、内儀《かみ》さんを貰《もら》うと貰わないとの経済上の得失などを、深く綿密に考えていた。一々|算盤珠《そろばんだま》を弾《はじ》いて、口が一つ殖《ふ》えればどう、二年|経《た》って子供が一人|産《うま》れればどうなるということまで、出来るだけ詳しく積って見た。一年の店の利益、貯金の額、利子なども最少額に見積って、間違いのないところを、ほぼ見極《みきわ》めをつけて、幾年目にどれだけの資本《もと》が出来るという勘定をすることぐらい、新吉にとって興味のある仕事はなかった。
 三月ばかり、内儀さんの問題で、頭脳《あたま》を悩ましていたが、やっぱり貰わずにはいられなかった。
 お作はそのころ本郷西片町《ほんごうにしかたまち》の、ある官吏の屋敷に奉公していた。
 産れは八王子のずっと手前の、ある小さい町で、叔父《おじ》が伝通院《でんずういん》前にかなりな鰹節屋《かつぶしや》を出していた。新吉は、ある日わざわざ汽車で乗り出して女の産《うま》れ在所《ざいしょ》へ身元調べに行った。

     二

 お作の宅《うち》は、その町のかなり大きな荒物屋であった。鍋《なべ》、桶《おけ》、瀬戸物、シャボン、塵紙《ちりがみ》、草履《ぞうり》といった物をコテコテとならべて、老舗《しにせ》と見えて、黝《くろず》んだ太い柱がツルツルと光っていた。
 新吉はすぐ近所の、怪しげな暗い飲食店へ飛び込んで、チビチビと酒を呑《の》みながら、女を捉《とら》えて、荒物屋の身上《しんしょう》、家族の人柄、土地の風評などを、抜け目なく訊《き》き糺《ただ》した。女は油くさい島田の首を突き出しては、酌《しゃく》をしていたが、知っているだけのことは話してくれた。田地が少しばかりに、小さい物置同様の、倉のあることも話した。兄が百姓をしていて、弟《おとと》が土地で養子に行っていることも話した。養蚕時《ようさんどき》には養蚕もするし、そっちこっちへ金の時貸しなどをしていることも弁《しゃべ》った。
 新吉自身の家柄との権衡《けんこう》から言えば、あまりドッとした縁辺《えんぺん》でもなかった。新吉の家《うち》は、今はすっかり零落しているけれど、村では筋目正しい家《いえ》の一
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