くきくありゃ便りきく
[#字下げ終わり]
唄《うた》はどこも稚拙な洒落《しゃれ》だが、言葉の訛《なまり》や節の郷土色は、名歌手も及ばないところがあった。
連中は午後に出発し、一晩遊んで翌日昼過ぎに帰って来たのだったが、土地のその日の小新聞に、倉持の結婚式の記事が、大々的に出ていることを、銀子は晩方になるまで少しもしらなかった。
彼女は塩釜の土産を奥へ出し、塩釜はどうだったとお神に聞かれるので、雨がふってつまらなかったけれど、思ったより立派な神殿で、大鳥居をくぐった処《ところ》に、五六軒の娼楼《しょうろう》が軒をならべ、遊覧地だけに、この土地よりも何か情緒《じょうしょ》があるように思われ、そんな話をしてから、風呂《ふろ》へ行ったのだったが、風呂にはちょうど本家の寿々千代の愛子も来ていて不断から仲良くしている彼女の口から、それが出たのであった。
「今朝の新聞見ないの?」
「だって今塩釜から帰ったばかりだもの。」
二人は並んで石鹸《シャボン》をつかっていた。
「大きく出ているわよ。」
「そうお。ちっとも知らない。」
銀子は言ったが、半信半疑であった。担《かつ》がれているように思えたりした。
「それじゃ悪かったわね。」
先月だったかに、倉持は宴会の帰りだと言って、紋服でふらりとやって来て、一緒に麦酒を呑み飯を食ったのだったが、いつものように結婚の話にもふれず、憂鬱《ゆううつ》そうな顔をしているので、銀子も変に思ったが、倉持は、
「近いうちまた来る。今日は少し用事があるから……。」
と、二時間ばかり附き合って帰って行ったのだったが、今にして思うとそれが見会《みあい》の帰りでもあったであろう、と銀子はやっと気がつき、その時の倉持の素振りを追想していた。
「してみるとやはり真実《ほんとう》なのかな。」
銀子はまたしても自分の迂濶《うかつ》に思い当たり、大きな障害物にぶつかったような気持で、どこを洗っているのか浮《うわ》の空《そら》であった。寿々千代はそれ以上は語らず、一足先へあがって行った。
銀子はやがて家《うち》へ帰り、どこかに今朝の新聞があるかと、それとなく捜してみたが、お神がわざと隠したものらしく、どこにも見えず、訊《き》くのも業腹《ごうはら》なので、そのまま塩釜の土産の菓子折をもって、小谷さんのところへ行ってみた。
夕方から倉持も宿坊にしている銀子の入りつけの家で、二た座敷ばかり廻っているうちに、女中からもそのことを言われて、町中みんながとっくに知っており、知らぬのは当の自分だけだと感づき、客たちの目にさえそれがありあり読めるように思えて来た。
とにかく記事を読んでみようと思い、お座敷の帰りに、角の煙草屋《たばこや》で朝日を買い、今朝の新聞があるかと訊いてみた。
「今日の新聞かね。」
四十男の主人は、にやにやしながら、茶の間から新聞をもって来て、銀子に読まし、新婦の生家が、倉持とは釣合《つりあい》の取れないほどの豪家であり、高利貸としてあまねく名前の通っていることを話して聞かせた。式は銀子が塩釜で遊んでいるころ、仙台の神宮で行なわれ、宮古川で披露《ひろう》の盛宴が張られたものだった。
十六
銀子の帰りが遅いので、分寿々廼家のお神と内箱のお婆《ばあ》さんとで、看板をもった車夫を一人つれて、河縁《かわべり》を捜しにやって来た時、銀子は桟橋《さんばし》にもやってある運送船の舳《みよし》にある、機関の傍《そば》にじっとしゃがんでいた。暗い晩で河風はまだ寒かった。河口に近く流れを二つに分けている洲《す》の方に、人家の灯《ひ》がちらちらしており、水のうえに仄《ほの》かな空明りが差して、幾軒かの汽船会社の倉庫が寒々と黒い影を岸に並べていた。
銀子は一年いるうちに、いつか嫌《きら》いであった酒の量も増していたが、その晩は少し自暴《やけ》気味に呷《あお》り、外へ出ると酔いが出て足がふらふらしていた。ちらちらする目で、彼女はざっと記事を読み、鉄槌《てっつい》でがんと脳天をやられたような気持で、煙草屋《たばこや》を出たのだったが、どうしても本家へ帰る顔がなく、二丁ばかりある道を夢中で歩いて、河縁へ出て来たのだった。
「馬鹿は死ななきゃ癒《なお》らない。」
棧橋に佇《たたず》んでいるうち、彼女は死の一歩手前まで彷徨《さまよ》い、じっと自分を抱き締めているのだったが、幼い時分|悪戯《いたずら》をして手荒な父に追われ、泣きながら隣の材木屋の倉庫に逃げこみ、じっとしているうちに、いつか甘い眠りに誘われ、日の暮れるのも知らずに熟睡していると同じに、次第に気が楽になり、ここへ来る時|桂庵《けいあん》の言った言葉も思い出せるようになった。
「いやになったらいつでも迎えに行ってあげる。芳町の姐《ねえ》さんも貴女《あんた》を待
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