、やっぱり葉巻をささげて、少し首を入口の方へふり向けてロセッティを見ていた。この頗る冥想的な場面に女中さんの紅くふくれた頬が例の階段上の弾奏を先き触れにして現れた、と思うと、いきなりぷっと噴き出した。
「おや、どうした?」とKさんは冥想を破られて言った。
僕は女中さんの顔を見ると、ひどくきまり悪そうに丸い頬を一層紅くして、目を落してしまった。これはきっと僕に何かおかしいところがあったのに違いないと思って、僕もすっかり照れて、ふと手の葉巻を見ると火が消えていた。急いでそれを灰皿につっこんで、僕はまた例の聖書を手に取った、真黒な足袋の裏をあわてて下におろしながら。
どうも僕の様子はまずこの聖書ぐらいは見すぼらしいに違いない。それが立派な旗本で、今は会社の重役の次男なる主人公と同じ貴族的な態度ですまし込んでいたのだ、と思うと、僕は顔が真紅になるような気がした。だが、女中さんの噴き出したのは、ただ何がなしにその場のシテュエーションの然らしめたところだろう、若い女というものは箸が転んでも笑うと云うではないか、尠くともそれは僕に対する嘲笑ではない筈だ、それは彼女の目がよく証明している、などと僕
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