がこっそり好きな女中さんで、頬っぺたがまるく、目が人形のようにぱっちりしていて、動作がいかにもはきはきしていて、リズミカルだ、さすがに詩人の家《うち》の女中さんだと来る度に感心する。
僕は聖書を書卓《デスク》の上に置いて、目の前にあった葉巻を一本取上げた。「さあ、葉巻はどうです」と二度ほど勧められて、もう疾くに隔ての取れた間なのに、やっぱり遠慮していたその葉巻だ。女中さんは妙にくすりと云ったような微笑をうかべて僕の手つきを見て、それから若旦那の方を見て、
「あの、御用でございますか?」
「あのね、奥の居間の押入にね、ウィスキイとキュラソオの瓶があった筈だから、あれを持っておいで」
女中さんが大形のウィスキイの瓶と妙な恰好をしたキュラソオの瓶とを盆に載せて持って来た時、Kさんは安楽椅子にずっと反身《そりみ》になって、上靴《スリッパア》をつけた片足を膝の上に載せて、肱をもたげて半ば灰になった葉巻を支えながら、壁に掲げたロセッティの受胎告知の絵の方をじっと見ていると、僕も丁度その真似をするように、同じく椅子の上に身を反らして、片足を膝の上に載せたはいいが、恥しながら真黒な足袋の裏を見せて、やっぱり葉巻をささげて、少し首を入口の方へふり向けてロセッティを見ていた。この頗る冥想的な場面に女中さんの紅くふくれた頬が例の階段上の弾奏を先き触れにして現れた、と思うと、いきなりぷっと噴き出した。
「おや、どうした?」とKさんは冥想を破られて言った。
僕は女中さんの顔を見ると、ひどくきまり悪そうに丸い頬を一層紅くして、目を落してしまった。これはきっと僕に何かおかしいところがあったのに違いないと思って、僕もすっかり照れて、ふと手の葉巻を見ると火が消えていた。急いでそれを灰皿につっこんで、僕はまた例の聖書を手に取った、真黒な足袋の裏をあわてて下におろしながら。
どうも僕の様子はまずこの聖書ぐらいは見すぼらしいに違いない。それが立派な旗本で、今は会社の重役の次男なる主人公と同じ貴族的な態度ですまし込んでいたのだ、と思うと、僕は顔が真紅になるような気がした。だが、女中さんの噴き出したのは、ただ何がなしにその場のシテュエーションの然らしめたところだろう、若い女というものは箸が転んでも笑うと云うではないか、尠くともそれは僕に対する嘲笑ではない筈だ、それは彼女の目がよく証明している、などと僕
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