ながらいつた。狐光老は、『勿論、勿論!』といふ顔つきで、『あゝチユウリツプといふんだよ。』
とすましてゐた。女生徒達はけげんさうに、
『でも小父さん、昨日あたし達に拵へてくれたチユウリツプ、とても変な花だつたわ。あたし今日みたいのがほしかつたの。』といつた。
『さうかい、そりやあ気の毒なことをしたね。このチユウリツプでよけりやあ、みんなで沢山持つておいで。』
狐光老は嬉しさうに微笑してゐた。
『でもわるいわ……。』
『何がお前、遠慮なんかすることがあるものかね。いゝだけ持つて行くがいゝ。が、嬢ちやん方は、昨日みたいなチユウリツプをまだ学校でならはなかつたかね。』ときいた。
『あらいやだ! あんなチユウリツプつて……。』
女生徒達は一斉に笑ひ出した。が、狐光老は、
『ありやあお前、あつち[#「あつち」に傍点]のチユウリツプなんだよ。』と、けろり[#「けろり」に傍点]としてゐた。
その後間もなく、狐光老は奇術師に立戻つた。そして、この『美術曲芸しん粉細工』を演出する場合には、いつもいつもチユウリツプといふ、あのあちら[#「あちら」に傍点]的な花が一輪、二輪、三輪、あまた花々の中にまじつて咲いてゐた。
底本:「日本の名随筆 別巻7 奇術」作品社
1991(平成3)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「奇術随筆」人文書院
1936(昭和11)年5月
入力:葵
校正:篠原陽子
2001年3月22日公開
2005年11月17日修正
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