藝術の方面から唯物史觀に對してあげられる反對の叫びの中には唯物史觀は文學的氣分乃至は情操にぴつたりあわないという理由からこれを排斥しようとするのがある。こんな亂暴な言い分がとおるなら、數學は藝術を否定せねばなるまい。文學は物理學を否定せねばなるまい。併し事實吾々は二二が四という數學の原理を信じつつ熱烈に愛しあうことが出來ると同じように、唯物史觀を信じつつ藝術を創作し鑑賞することが出來るのである。ただ凡俗なセンチメンタリズムが文學の名に於て歴史の事實を朦朧化し、二十世紀の現代に眼を閉じさして民衆を昔し昔しのお伽噺《とぎばなし》につれてゆこうとする時、唯物史觀は儼然《げんぜん》たる事實を示す必要があるのである。
繰り返して言うが唯物史觀は文化に挑戰するものでも、これを蔑視するものでもない。けれども歴史とその必然を信ずるが故に永遠に藉口《しやこう》して「歴史的一時的」の文化を擁護する守舊派に挑戰する。唯物史觀は形而上學でないから物資が萬能だとは言わない。歴史は物的條件によつて變化するというだけである。快感が起つてからピアノの音がするのでなくてピアノの音がしたから快感が起つたというまでだ。
併しながらこの簡單な眞理から生ずる結論は重大だ。物的條件が精神文化を決定し階級對立が文化の上に階級的偏見を印するということから必然に、文化から階級的偏見を取り除くためには階級對立を先ず廢止しなければならぬという結論が生れる。過渡期に於ては生産關係に革命的要素が増大すると同じく、その一意識形態なる文學にも革命的要素を増大して來るのである。
[#21字下げ、地より2字あきで](大正十年十二月)
底本:「日本現代文學全集69 プロレタリア文學集」講談社
1969(昭和44)年1月19日初版発行
入力:田中亨吾
校正:大野裕
2000年11月10日公開
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