カ活(la vie de cour)といふものが生じ、フランスがその中心となり、ルイ十四世に於いてその絶頂に達したのである。
かくの如き形勢の変化は、当時の人心に如何なる影響を及ぼしたか? 国王のサロンは国内に於て最も善美を尽したものであり、そこには、万人の亀鑑たるに恥しからぬ最も選ばれた貴族たちが出入する。この貴族は自ら生れながらにして高貴な人間であると考へてゐる。彼等は名誉を重んずること生命よりも強く、少しの侮辱に対しても身命をすてることを辞しない。ルイ十三世の時代に、決闘によつて殺された武士の数が四千にのぼつたのを見てもそのことはわかる。彼等の眼には身命の危険を軽んずることは、貴族の天分なのであつた。しかも彼等は封建精神の衣鉢を襲いで、国王を彼等の生れながらの主として尊敬し、国王のためには身命を鴻毛よりも軽しとした。ルイ十六世が処刑されたとき、彼の身代りにならんことを志願した武士の数が少くなかつたことなどもこれを証明してゐる。
それと同時に此等の宮臣は典雅上品であつた。国王自ら彼等に模範を与へたのであつた。ルイ十四世は侍女に対してさへも脱帽したといふことであり、或る公爵はヴエルサイユ宮殿の中を通るときには始終帽子を手にもつてゐたといふことである。その結果彼等は、常に上品な婉曲な言語で語り、相手に不快な感じを与へるやうなことを避ける技巧に長じてゐた。かくの如き貴族的精神は、実に、この時代の宮廷内に於て完成されたのである。
かゝる人々が、彼等にふさはしい快楽を求めるのは自然の勢である。彼等の趣味は彼等の人品と同様に高貴であり、典麗であつた。而して、当時の芸術作品はすべて、この趣味からつくられたのである。厳粛、荘重なプツサン、ルシユアール等の絵画、壮麗華美をつくしたペロオル及びマンサール等の建築、ル・ノオートルの設計にかゝる雄大なる庭園等がそれである。その他、当時の家具服装室内の装飾等に、すべて此の特色はあらはれてゐる。ヴエルサイユ宮殿を飾つてゐる神々の像、整然たる並木道、神話を象つた噴水、広々とした精巧な泉水、建築の飾りのやうに巧みに刈られた庭内の樹木等は、当代の趣味の精髄をこらした傑作である。併しながら、これを最もよくあらはしてゐるものは、当時の文学である。当時ほどフランス文学界の巨匠が雲集してゐた時代はない。ボシユエ、パスカル、ラ・フオンテーヌ、モリエール、コルネーユ、ラシイヌ、ラ・ルシユフコー、セヴイニエ夫人、ポワロオ、ラ・ブリユイエール、ブウルダルウ等皆当時の名文家である。ひとりこれ等の大家のみならず、当時の人々はみな文章をよくした。当時は、到るところに名文の模範があつた。対話も日常の書簡もすべて名文であつた。当時の宮女は、近代のアカデミイ会員よりも文章をよくしたとクーリエは言つてゐる。而してこの高貴端正の名文は当時の古典悲劇に於て最も燦爛たる光彩を放つたのであつた。
当時の悲劇は、貴族宮臣を喜ばせるためにつくられたものである。それ故に、作者は、あまりに残酷な真相は緩和し、舞台に殺人の場面を上せるやうなことはせず、その他叫喚、暴行、蛮行等の如き、サロンの優雅な空気に親しんでゐる人々に不快を与へるやうなことは一切避けた。それと同時に彼等は無秩序を嫌つた。シエーキスピアのやうに、むやみに空想や幻想に耽ることを避けた。劇の組立ては整然としてゐて、思ひがけない偶発事件などを挿入することを許さなかつた。そして対話には洗練された上品な語句が用ゐられた。人物はギリシアの英雄であつたが、服装その他はすつかり当時のフランスの宮廷を中心とする人士の好みに投じたものであつた。又人物の性格の如きも、すつかり当時のフランスの貴族趣味に投じたものであつた。たとへばラシイヌの描いたイフジエニイとウリピイドの描いたイフゲニイ、ラシイヌの描いたアシイルとホーマーの描いたアキレスを比較して見れば、這般の事情ははつきりとわかるであらう。テエヌの言葉をかりると当時のフランス劇は、「ゴチツク建築と同様に、人間精神の、くつきり整つた形態をあらはしてゐたので、そのために、それはゴチツク建築と同様に全ヨーロツパにひろまつたのである。」
テエヌは、封建制度から君主政治へ移つていつた経済上の条件を分析してゐないが、この政治形態の推移が、経済関係の変化によつて決定されたものであることは、今更らこゝで附け足して説明するまでもなく明かであるから、それはこゝでは省略する。
三
ロマンチスムの文学は如何にして起つたか? それは、古典文学が、宮廷生活を中心とする貴族のイデオロギイの表白であつたに反し、新興ブルジヨア階級のイデオロギイの表白であつたことは、多くの文学史家がひとしく認めてゐるところである。
ロマンチスム文学は、先づ第一に文学上に於け
前へ
次へ
全9ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング