点]の如きは問題としないで、何が表現されてゐる[#「表現されてゐる」に傍点]かを問題とすべきである。文芸から絶対性を剥奪して、(土田氏の場合では文芸の内容から)それを歴史の中に見るべきなのだ。現に、土田氏自身すらも、すぐその次に、文芸一般から突然歴史の中の文芸に理論を飛躍せしめて、「第一に現代の文芸[#「現代の文芸」に傍点]は所謂個人主義に反対した意味での社会性をもたなければならぬ」と言つてをられる。このことは、文芸についても、少しでも、積極的な、具体的な、内容的な提言をしようとするならば、文芸の歴史性を抽象することのできないことを語つてゐる。文芸一般に対して「無産者性をもつこと」を要求するが如きは、無産者そのものが既に歴史的産物なのだから、不可能でもあり、無意味でもある。私たちの理論は、文芸が無産者性をもつべきことを要求したり主張したりするかはりに、如何なる社会の条件のもとに文芸が無産者性をもつかといふことを究明することにあらねばならぬ。
又、氏が「個人主義に反対した意味での社会性」を現代の文芸[#「現代の文芸」に傍点]に要求する理由として、個人主義は「契約の自由、商業の自由といつてる意味での自由主義的態度」、「本質に於て罪悪的である資本主義の根本的前提」を容認することになるからいけないと言つてをられるが、これ亦形而上学的方法から来る氏の理論的混乱を暴露せられたものである。自由主義が「本質的」に「罪悪的」であるといふやうな断定は、全くの独断以外の何物でもない。自由主義は、或る社会の条件のもとでは必要であり、或る社会の条件のもとでは不必要になり且つ有害になつて来たところの原理であるのであつて、決して「本質に於て罪悪的」なものではなく、従つて、さういふ理由のもとに、文芸に「個人主義に反対した意味での社会性」を要求することは形而上学的態度ではあつても科学的態度では決してない。そして文学の本質は科学的態度、方法によつてしか闡明され得ないのである。
次に村松正俊氏の所論を検討しなければならぬ。何故なら、氏もまた、私とほゞ正反対の見地から文学の本質についての見解を示してをられるからである。
村松氏は直截に、しかも一種の誇りをさへもつて、芸術、従つてその一部である文学にアプリオリテートを認められ、それを高唱される。だがかくの如き前提から出発された氏の芸術論がどんな結末に到達するか。氏は、芸術をして芸術たらしむるものは「芸術的なるもの」であるといふトートロジーの中から一歩も出られない。まさにそれは、日本人をして日本人たらしむるものは、日本人的なるものであるといふのと変りはない。論理はそこに少しも進展してゐない。土田杏村氏が文芸の味は何とも語ることのできぬ味であると言はれるのと同巧異曲である。
けれども、村松氏は、「芸術的なるもの」は、時代により、流派により、階級により異ることを認められる。然らば氏は、アプリオリテートの説を翻して、芸術の本質の経験性に降服されたであらうか? 否、氏によれば、芸術のアプリオリテートは唯一なものではなくて、オリムピアの神と同様に複数なのである。多元なのである。それ/″\の階級、それ/″\の流派の芸術は、めいめいその守護神としてアプリオリテートをもつのである。即ちアプリオリテートが様々に変化するのである。こゝに於て、変化するものに経験性を認めないことは、氏の哲学的教養が許さない。そこで氏の頭脳の中には、実に精緻を極めた論理のモザイクが組みたてられる。曰くこのアプリオリテートは「経験的アプリオリテートともいふべきものである。それは事実が先であつて然る後その事実から抽出されたアプリオリテートである」。
経験に先行されるアプリオリテート、事実の後からついて来る、事実の中から抽出されるアプリオリテート、それはまさに私たちの理解を超越したアプリオリテートである。私たちは、こゝに、村松氏の頭に巣くふ執拗なる形而上学的方法の亡霊と、形而上学的理論の完全なる無能さの自己暴露とを見る。
五 文学の社会的機能
文芸戦線の社説の一句についての考察
文学作品が社会的所産であり、従つて社会と交渉をもつことはこゝでわざ/\論証する必要のない程常識化されてゐることであるから、そのことは省略する。次に、従来、そして現在に於ても猶ほ、何回となく繰り返されてゐる芸術のための芸術、文学のための文学の問題、即はち、芸術文学は社会のために存在すべきものでそれ自身に自律性をもたぬものか、或は完全な自律性をもつものか、またその自律性には限界があるか、あるとすればその限界は何処に画さるべきか――これ等の一群の問題は、省略するわけにゆかない性質のものであるが、それは後廻しにして、(尤も部分的にはこの問
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