ることを意味するものではない。そして私によれば芸術は、決してかゝる機能、役割をはたし得ないものである。
文学運動はどれ程進出しても、それが社会に及ぼす機能には一定の限界がある。その限界を突破するとき、もはやそれは文学運動と言ふことはできない。勿論文学者は文学運動だけに止まつて居らねばならぬ理由は毫もないのだから、文学者が同時に科学的理論の体系をつくることに努力したり、文学者が政治運動に投じたりすることは差支へはない。けれども、文学者が文学理論、若しくは社会理論の領域に踏み入つたこと、若しくは文学者が政治運動に加入したことを、直ちに文学運動の進出と解することの可否は甚だ疑問である。のみならず、かゝる進出の理論的基礎が「文芸戦線」の社説の場合のやうに、芸術と科学との混淆、芸術をそれと全く職能を異にした科学の領域内へ侵入せしめること、芸術に不可能な役割をおしつけることであるときには、かゝる進出は純然たる幻想である。
芸術、文学が、意識を体系化したものであり、大衆の意識を組織化するものであるといふが如きは、科学と政治とを芸術の中へ戯画化するものであり、科学と政治とにかへるに、玩具の科学と玩具の政治とをもつてするものである。如何に熱心のあまりであつても、それは黙過してはならぬ理論の混乱である。従つて、単に「芸術」といふ言葉を「無産階級文学」といふ言葉に置きかへ、「意識」といふ言葉を「無産階級の階級意識」といふ言葉におきかへたに過ぎないところの「無産階級文学の社会的役割」の一項にも前項と同じ理論的混乱が伝へられてゐることはこゝに言ふまでもない。
六 文学と政治(目的意識文学について)
私は文学の本質、文学の目的そのものも進化することを前に述べた。従つて、文学作品が、政治と同じ目的――社会改革の目的をもつて製作されることがあり得ることを完全に認める。だが併し、私たちは、文学はなぜさうでなければならぬかといふやうな問題の出しかたをすべきではない。文学はさうでなければならぬ理由をそれ自身に少しももたぬのであるし、またこの問題は、文学そのものをいくら穿鑿して見ても解決されない問題である。問題は、如何なる社会条件が文学をさうさせるかにある。
封建主義から資本主義への過渡期の社会には一部の文学が自由主義的となり、資本主義から社会主義への過渡期には一部の文学が社会主義的となるといふ言ひ表はしかたは、単に現象形態だけに視野を局限した者の言ひ現はしかたであつて、間違ひとはいへないまでも甚だ不完全な言ひ表はしかたである。理論的に正確な言ひ表はし方をしようと思ふならば、私たちは、文学がさうなる[#「さうなる」に傍点]と言はないで、文学がさうさせられる[#「さうさせられる」に傍点]と言ふべきだ。何がさうさせるのであるかといふと、一般的には社会的条件が、もつと直接には、「文芸戦線」のテーゼが明確に言つてゐるやうに「政治闘争の必要」がさうさせるのである。マルクス主義的目的意識が文学に強調され出した所以も、この「政治闘争の必要」のためであつて、この目的意識は断じて政治的意味に於て主張さるべきである。マルキストの目的意識性と大衆の自然成長性といふ言葉は意味をなすが作者の目的意識性と読者の自然成長性といふ言葉は意味をなさない。作者と読者との関係には政治的意味はないからである。この、後の対立を意味あらせる為めには、「文学作家」を「社会主義的文学作家」としなければならぬ。然りとすれば、目的意識の関係するのは、「社会主義的」といふ形容詞の部分だけである。
そこで「文芸戦線」第四巻第二号のテーゼ中「社会主義文学の芸術価値」の(一)の前半「吾々は芸術家である前に社会主義者でなければならぬ」といふ提言は意味をもつ。だが、その後半をなすところの「社会主義文学は何よりも先づ芸術でなければならぬ!」といふ提言は、社会主義文学の自己否定である。社会主義文学は、さういふ代りに「社会主義文学は何よりも先づ社会主義的でなければならぬ!」と修正すべきである。何故ならば、同じ「文芸戦線」の次の号で正当にも指摘してゐるやうに「政治闘争の必要」がそれを規定するからである。
このテーゼの筆者は「この二つの命題は決して矛盾しない。何故ならば、社会主義的世界観は、それ自体の中に芸術観を含むものであり、社会主義的芸術観は、現在に於ける最も完全な芸術観であるから」と言つてをられるが、果してこの二つの命題は矛盾せぬだらうか。若し矛盾しないならそれは無意味である。この文句のうちの社会主義といふ文字を資本主義とかへて「資本主義文学は先づ第一に芸術でなければならぬ」としたらどうだらう。それでもこの提言は論理的には立派に成立するではないか。然らば「社会主義的芸術観は現在に於ける最も完全な芸術
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