もつと実際的な問題としては物語りの長さである。普通の小説は平均八万語内外のものが多い(日本文に翻訳すると約二十万字見当である)。ところが、最もよく売れる小説は、一般にこれよりも大分長い。“If Winter Comes”“Peter Jackson”“Sonia”“Sinister Street”“The Woman Thou Gavest Me”“The Green Hat”“The Way of Revelation”“The Rosary”“The Middle of The Road”等の人気のある小説はどれを見ても普通の小説よりも長い。しかし、この理由はよくわからない。同じ定価でなるべく分量の沢山あるのを読者が好むからなのか、それとも大衆に受けるやうな小説は相当スケールが大きくなければならんので、短い紙面では書きあらはせないからなのかも知れない。
 以上は既刊のよく売れた小説を基礎にしての立論であるが、その他に、出版の時機が小説の売れると売れないとに大関係がある。“If Winter Comes”も丁度よい時期に出た。“The Middle of The Road”が若し一九二三年でなくて、もう一年早くかおそくか出たらあれだけの成功を博しなかつたであらう。それから標題が小説の売れ行きに関係するところも尠少でない。マイケル・ジヨセフも A happy title is a tremendous asset と言ってゐる。同じ内容の短篇小説集が英国と米国とで、ちがつた題名で出版され、英国では大成功し、米国では散々に失敗したことがある。そこで米国の出版者は思ひきつて英国版と同じ題名にかへて再版を出したら、急に売れ行きが増して来たといふことである。
 包装《ラツパー》或はその道の言葉でいへばジヤケツもまた小説のポピユラリチイに大関係をもつてゐる。はじめは書物の汚損を防ぐためであつたこのラツパーの最近の発達は著しいものである。それが所謂馬子にも衣裳といふエフエクトをもつのであることは説明するまでもない。
 短篇小説集が一般に売れ行きが非常に少いことは顕著な事実で、長篇小説なら三四万の読者をもつ作者の短篇小説集が五千部以下しか売れないことは珍らしくない。その他、最近に於いて大衆性のない小説は、歴史小説、宗教小説、教訓小説、及び凡て世界大戦前に題材をとつた小説であつて、これ等は大衆小説としては殆んど皆失敗してゐる。尤も中にはラフアエル・サバチニの歴史小説のやうな例外がないわけでもないが。

            四

 以上、私はマイケル・ジヨセフの議論をかなり長く引用した。文学論として、(若しこれを文学論といへるなら)およそこれ位プロザイツクな文学論はまたとないであらう。彼は文学作品を全く商品として観察してゐるのである。ところで文学作品を商品として見る限り、問題とされる価値は商業的価値のみである。そして商業的価値を構成する要素と芸術的価値を構成する要素とは、以上述べたところによりて、全く別箇のものであることが容易に看取し得られるであらう。
 今日の大衆文学とは、この商業的価値の最も大きい、若しくは商業的価値の最も大きかるべきことを目的として製作された小説であるといつても大過ないであらう。
 勿論、文学の大衆性の問題はフオルムの問題と全然無関係であると私は主張するのではない。ことにプロレタリア大衆文学の問題は、それ自身、商品としては売られないで宣伝用として頒布されるやうな場合も予想できるので、商業的価値をあまりに重要視することはできないであらうが、それでも、少くも資本主義国に於けるプロレタリア大衆文学は、商業的価値を軽視することはできないし、この場合には商業的価値とはいへなくても、芸術的価値とは更に一層言へない何等かの価値(殆んど商業価値に換算できる価値)が関与することをも考慮しなければならぬ。更に進んではフオルムそのものが、芸術的価値を構成する一要素であると同時に、商業的価値を構成する一要素でもあると言へるであらう。しかも後の場合では極く小さい要素に過ぎないであらう。何故なら、良く売れる小説は必らずしも名文であるとは限らないからである。
 文学の大衆性の問題は種々な視角から眺めらるべき問題である。私が文学作品を商品としてここに論じたからと言つて、私が文学作品に商品以外の性質を見ないのだなどゝ早合点されては困る。たゞ私は、大衆文学の問題は、文学作品を一応商品としても見なければ、十分に理解し得ざること、大衆性とは、芸術的価値の一属性であるよりも、むしろ商業的価値と私が名づくる別箇の価値の別名であることを指摘したにとゞまるのである。
[#地から1字上げ](昭和四年五月「思想」)



底本:「平林初之輔文藝評論全集 上巻」文泉堂書店
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング