うとする。だがその瞬間に論者は歴史的価値といふ言葉のもつ内容を無制限に拡大して、マルクス主義と相容れないものは凡べて歴史の中へ編入し、現代の大衆を活発に支配してゐる文学作品でも、明日の大衆を支配しつゞけてゆくであらうところの作品ですらも、一切合財、歴史的価値といふ合財袋の中へ入れてしまへば、それで問題は片附いてしまつたと考へるのである。だがこの種の人たちが過去帳の中へ記入してしまつた価値[#「価値」に傍点]が、現代の生きた大衆を生き生きと支配してゐることには、遂に彼等は気がつかぬのであり、気がついてもそれを公言するのをはゞかるのである。何故かと言へば、この種の人たちは事実よりも一つの公式の方が大事なのであつて、しかもこの公式は、事実の暗礁の中をよけて通つてゆかねばすぐに壊れてしまふ程脆弱なものだからである。
 今一つの場合を私は指摘しよう。或る作家たとへば片岡鉄兵、もしくは細田民樹といふ作家が、その文学的生涯の或る時期に、非マルクス主義陣営から、マルクス主義陣営に移籍し、はつきりしたマルクス主義的イデオロギイを獲得すると同時に、その所属団体の紀律に従つて爾後の文学的行動をつゞけて行つた
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