ことは、氏自身の頭脳の整理のために必要なことだ。
「問題の後戻りは運動の実践にとつては不利益だ」と川口氏は言はれる。だが問題を矛盾のまゝに残し、何一つ整理しないで頭の中へごちやごちやに詰めこんで、先へ/\とパツスしてゆくのは更に不利益だ。マルクスは川口氏とは反対に、プロレタリアの闘争は、一進一退、進んだかと思ふと又退き、征服したものを更に征服しなほさねばならぬ、非常な忍耐を要する闘争だと言つてゐる。
 青野季吉氏はつい二年前に、「コンミユニストの文学観はたしかにまだ組織されてゐない、……プロレタリアの文学観の建設は今日、世界の共同の仕事なのである。……そんなわけでマルクス主義の文学観を示せと言はれたつて、私たちは何の恥づるところも無く、そんなものゝ持ち合せはありませぬと率直に、ぶつきら棒に答へるより外はないのである」(新潮、昭和二年五月号所載「マルクス主義文学観について」)と言つてゐる。二年の間にそれ程事情が変つたと思はない私は、今もなほ青野氏のこの言葉は大部分真実であると思ふ。だから私は外の理由でなら兎も角、川口氏の粗雑極まる芸術論を支持しないからといふ理由で、「彼は非マルクス主義的な泥沼に片足を踏みこんだことになる」と決定されることは少々不服なのである。相手の議論をよく理解もしないで、自己の理論を何等整理もしないで、少し勝手のかはつた理論にぶつゝかると、彼は非マルクス主義者だといふ目つぶしを投げるのは、たとひその人がマルクス主義者であつても、卑怯なマルクス主義であることを示す。[#地から1字上げ](昭和四年八月「新潮」)
 附記、 この他、青木壮一郎、細田民樹、谷川徹三、安田義一諸氏の主張を検討するつもりだつたが既に許された紙面を超過したし、大体以上の答への中に谷川氏を除く諸氏への解答は含まれてゐると思ふから、これで一先づこの論稿を終ることにする。谷川氏は私よりもはつきりと私と同じ問題の提出のしかたをして、ちがつた結論に到達されたゞけに過ぎない。



底本:「平林初之輔文藝評論全集 上巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年5月1日発行
入力:田中亨吾
校正:松永正敏
2004年5月31日作成
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