ぱい、上から竹樋で引いた湯が、ざわざわざわざわと溢《あふ》れて流れている、アルカリー泉のようだ。
草鞋《わらじ》を脱《ぬ》ぎ、衣服をぬぎ捨てて急いで湯へ飛び込む。柔《やわらか》な温《ぬく》よかな心持、浴槽の縁《ふち》へ頭を載《の》せ足を投げ出していると、今朝出立して来た田原の宿、頂上の白雲、急峻な裏山などは夢のようになってしまう。
湯から出て、浴槽から直《す》ぐ荒蓙《あらござ》を敷いた二階へ昇る。戸もなく、荒板の儘《まま》だ。四人は蓙の上へ裸形のまま休んでいると、上り口の方から、髪を無雑作に束ねた女の顔が出て、
「何か食べさっしゃるかね。」という、その歯は黒く鉄漿《かね》で染めている。
「何か喰べるものがあるかね、川魚でも。」
「川魚なんかありましね、御飯と御汁とならありますし。」
「じゃ、それでも好い、急いで持って来ておくれ。」持って来たのは御飯といっても砂だらけ、御汁といっても煤臭《すすくさ》いようで、おまけに塩湯でも飲むようだ。山菜とかいって野生の菜を汁の味にしたものである。その飯はざらざらしていて、如何に空腹でも二杯とは食べられない。旅宿のある所まで何里あるかというと、
「そうだね、まあ西洞まで行かっしゃりゃ、宿屋はありましず、四里だね。」
「四里じゃ、一呼吸だ、路はどうだね。」「やはり今降りて御座《ござ》らっしたような……。」
「急かね。」「だが、いくらか違いましず。」
四里の峻坂、木の根を踏み越えて下るのか。一呼吸だと意張っては見たものの実は内々閉口していた。それに空はどうやら曇って来た。これで雨にでも合おうものなら愍然《あわれ》なものだ。二階から下りようと段々の処へ行くと、戸を立て切って上に小さな木札をかけて「林務官御室」としてある。かような家でも特別室があるのかと不思議な思がした。
入口の処へは今、里から食料を運ぶ男が着いたと見えて四、五人集ってわいわいいっていた。ぎょろっと片眼の飛び出した大男が腰をかがめて、かます[#「かます」に傍点]に這入っている青物など何かと調べていた。先刻の主婦もいる、六十ほどの老婆もいる。若者が二、三人いる。見ると、入口の柱に寄りかかって帯をだらりと垂らした十八、九の女が一人、娘とも思われないのが、蒼黒い土のような顔色をしている。疲れたような眼を挙げたが、またすぐ視線を地へ落してしまう。
「何だろう、え君。」一人が
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