い。小兒等は俄かに泣き出した。
 二人共自分に取り縋つて、哀れな聲で、「下りて行つて頂戴よ、下りて行つて頂戴よ」顏をば私の袖へ固く押し當てて離れない。妻は猶動かない。「一所に下りて行つたらば好いだらう、此先に休場もあるから」と云つても猶動かない、疲れたやうな顏色をして靜乎《ぢつ》と立つてゐる。「後方《あと》へ歸りませう、如何樣《どんな》に嶮しくても、今迄の途なら知つてゐますから」たゞそれだけ、眼を閉ぢて動かない、冷たい風が下の方から吹いて來る。――今迄の途なら嶮しくても知つてゐる、此れから先きの途は如何なるとも判然《わか》らないと云ふのか。私は耐らなくなつた。同時に小兒等は大きな聲を擧げて泣き出した。
 はつと思ふと眼が醒めた。
 私には妻もなく子もない。何故夢に見た人が自分の妻であると知つたか解らない。不思議で耐らなかつた。其時の寂しさは、消えずにいつまでも胸に殘つてゐた。



底本:「日本の名随筆14 夢」作品社
   1984(昭和59)年1月25日第1刷発行
   1985(昭和60)年3月30日第2刷発行
底本の親本:「緑雲」如山堂
   1909(明治42)年3月
入力:土屋隆
校正:久保格
2004年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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