げて見た。牀板の破れ目から竹の芽が三四寸伸びて出てゐた。或ものは畳に圧せられて、芽の先を平らにひしやげられたやうにして、それでも猶ほ何処かへ出口を求めよう/\と悶えてゐるやうな様をしてゐた。或ものは丁度畳の敷合せを求めてずん/\伸び上らうとしてゐた。
私は畳を三四枚上げて、牀板《ゆかいた》を剥がして見た。庭から流れ込んだ水が、まだ其処此処にじくじく溜つてゐる中から、ひよろひよろした竹の芽が、彼方にも此方にも一面に伸び出て、牀板に頭をつかえて、恨めしさうに曲つてゐた。水溜の中を蛇のうねつてゐるやうに、太い竹の根が地中を爬《は》つてゐた。日の光が何処からか洩れて、其処まで射し込んで、不思議な色に光つてゐた。
私は怖ろしくなつた。竹の芽を摘み取るのさへ不気味に思つて、そのまゝ牀板を打ち付けて畳を敷いた。けれど畳の間に出てゐる芽が気になつて、其処へ臥る気にもなれなかつた。牀下の有様を思ふと、その上へ平気で臥てゐる気にもなれなかつた。
縁さきへその芽は五六寸伸びて、幾本も頭を出した。その頭は家の中を覗き込むやうにした。玄関の土間からはむく/\地を破つて、頭を上げて来た。上げ板などは下から幾度となくこつ/\突つかれた。家全体が今にも顛覆させられさうに思はれた。
私は冬からかけて二三ヶ月ゐたその家を早速移ることにした。其後も私は二三回その家の前を通つたが、何人も住んでゐる人がなかつた。
私は、その家の中に、竹の芽が思ふまゝに伸びて、戸障子や襖《ふすま》のゆがんでゐる有様を思ひ浮べて、こそ/\その家の前を通り過ぎた。
底本:「日本の名随筆43 雨」作品社
1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
1991(平成3)年10月20日第10刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:加藤恭子
校正:浦田伴俊
2000年8月18日公開
2005年6月26日修正
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