い》で、男に向ツて、男が女を離れて生存することが出來ないかのやうな態度を取ツてゐるのだ。現《げん》にお前だツて然《さ》うぢやないか。俺《おれ》が幾ら體が虚弱だからと謂《い》ツて、お前といふ女は、女といふ男を離れて、而《しか》も妻《つま》として立派に生存して行かれるか。ま、考へて見ろ、俺が死んだら何《ど》うする? 其の癖《くせ》お前は、俺の體が虚弱《きよじやく》だとか、俺の性質が陰氣《いんき》だとか謂《い》ツて、絶えず俺のことを罵倒《ばたう》してゐる、罵倒しながら、俺《おれ》に依ツて自己《じこ》の存立《そんりつ》を安全にしてゐるのだから、こりや狐よりも狡猾《かうかつ》だ。何《ど》うだ、お前はこれでも尚《ま》だ、體の強壯なのを自慢として、俺を輕侮《けいぶ》する氣か。青い顏は、必ずしも紅い顏に壓伏《あつぷく》されるものぢやないぞ。」と言訖《いひをは》ツて、輕く肩を搖《ゆす》ツて、快《こゝろよ》げに冷笑《せゝらわら》ふ。
近子《ちかこ》は唇《くちびる》を噛《か》みながら、さも忌々《いま/\》しさうに、さも心外《しんぐわい》さうに、默ツて所天《をつと》の長談義《ながだんぎ》を聽いてゐたが、「ですから、貴方《あなた》はおえらいのでございますよ。」と打突けるやうに謂《い》ツて、「それぢや、これからもう、家が淋しいの冷《ひやゝか》だのと有仰《おつしや》らないで下さいまし。無能力な動物に何も出來やう筈がございませんわ。」
「フム、他《ひと》の言尻《ことばじり》を攫《つかま》へて反抗《はんこう》するんだな。」
「いゝえ、反抗は致しません。女に反抗する力なんかあツて耐《たま》るものですか。」と澄《す》ましきツて謂《い》ツて、「時にもうお午《ひる》でございませうから、御飯をお喫《あが》りなすツては?………」
「俺《おれ》は尚《ま》だ喰ひたくない。」
「でも私《わたくし》はお腹が空《す》いて來たんですもの。」
「ぢやお前勝手に先に喫《た》べれば可《い》いぢやないか。」
「だツて、然《さ》うは參りません。」
「妙なことをいふね。お前は何時《いつ》もお午《ひる》をヌキにして、晩の御飯まで俺《おれ》を待ツてゐる次第《しだい》でもあるまい。」
「そりや然《さ》うですけれども、家《うち》にゐらツしツて見れば、豈夫《まさか》お先へ戴くことも出來ないぢやありませんか。加之《しかも》ビフテキを燒かせてあるの
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