ねえ。一體お前さん等ア今日に限ツて何んだツて其樣《そん》なに騷ぐんだ……人體解剖ツてものア其樣なふざけた[#「ふざけた」に傍点]譯のものぢや無からうぜ。いくら綺麗な娘だツて、屍體《しびと》が何んになるんだ……馬鹿々々しい!」と大聲に素《す》ツ破拔《ぱぬ》く。
是に反しては、各自《てんでん》に體面を傷ツけるやうなものだ。で何《いづ》れも熱《ほて》ツた頭へ水を打決《ぶツか》けられたやうな心地《こゝち》で、一人去り二人去り、一と先づ其處を解散とした。中には撲《なぐ》れと叫ぶ者も無いでは無かツたが、議案は遂に成立しなかツた。取分け酷目《みじめ》な目に逢はされたのは、先頭第一に解剖室へ跳込《をどりこ》むでそして打倒《ぶツたふ》れた學生で。これが一平に出口を塞がれて了ツて。まご/\してゐるうちに、遂々《とう/\》一平に襟首《えりくび》を引ツ攫《つか》まれて、
「さ、出るんだ、出るんだ。」と顎《あご》でしやくられ[#「しやくられ」に傍点]、そして小突※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、224−中段24]《こづきまは》すやうにして外に突出された。餘《あまり》の事と學生は振返ツた……其の鼻《はな》ツ頭《つら》へ、風を煽《あふ》ツて、扉《ドアー》がパタンと閉《しま》る……響は高く其處らへ響渡ツた。學生は唇を噛み拳《こぶし》を握ツて口惜しがツたが爲方《しかた》が無い。悄々《しを/\》と仲間の後を追ツた。
灰色の空から淡い雪がチラ/\降ツて來た。北風が時々頬に吹付ける。丁ど其の時、職員室の窓から、長い首を突出して、學生と一平との悶着《もんちやく》を眺めてゐた、若い職員の一人は、ふと顏をすツこめ、
「また雪だ。」と吐出すやうに叫ぶ。
「然《さ》うかね。」と振返ツて、「何うも今日の寒さは少し嚴しいと思ツたよ。」
と熱の無い口氣《こうき》で謂ツて、もう冷たくなツた燒肉《ビフテキ》を頬張るのは、風早《かざはや》といふ學士で。彼は今|晝餐《ひるげ》を喰《や》ツてゐるので、喰りながらも、何か原書を繰開《くりひろ》げて眼を通してゐる。其の後の煖爐[#底本では「煖燼」の誤り]《ストーブ》には、フツ/\音を立てなが石炭が熾《さかん》に燃えてゐる。それで此の室へ入ると嚇《くわツ》と上氣する位|煖《あツた》かい。
「風早さん、何んですな。」と若い職員は、窓を離れて、煖爐[#底本では「煖燼」の誤り]
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